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村上祐資:人間の暮らしの原点に迫る「極地建築家」

2018/11/15

火星実験生活に挑戦

──その後、「火星実験生活」を行うのですか?

村上 2030年ぐらいには人が火星に行く時代が来ると言われています。今はまだ、宇宙ステーションにようやく3カ月から半年ぐらい滞在するようになってきたばかりですが、それでも、半年住むようになると、人はその環境に我慢できないのだ、ということがだんだんわかってきたのです。

しかもタフで強そうに見える人ほど、心が折れたら回復が難しいこともわかってきた。もしかしたらそうでない人のほうが強いのではないか、ということに気づき始めた。人が火星に行って帰ってくると3、4年のミッションになってしまいます。そこで、まず宇宙飛行士と同じような環境にして、長期の模擬火星実験生活をやりましょうということになったわけです。

──そのメンバーに選ばれたということですね。

村上 ロバート・ズブリン博士がやっているアメリカのNPO法人「マーズ・ソサエティ」がこのことを実際に試すために、北極のデヴォン島と、ユタ州の砂漠の2カ所を「地球にある火星」と仮定して、想定される基地のサイズ感のものを実際につくったのです。そしてユタの基地では毎年2週間ずつ6人ぐらいの10チーム程が、入れ代わり立ち代わり実験生活を送る。大学で宇宙研究をやっている研究者、宇宙関連の会社の人、またNASAからも来ています。

僕が選ばれたのは「地球上にある火星」として、最も多様性のあるクルーで、最も過酷な環境でミッションをやるという触れ書きのものでした。仏露米加豪印から、そして日本人の僕を含めた7人のクルーが選ばれました。

今までの模擬火星実験というのは、NASAやロシアがやったものは全部ダメになっているんです。

──ダメというのは?

村上 人間関係が破綻してしまい、皆けんかしたり、「もう無理」と言って出ていってしまったり。

そのなかで、僕が副隊長となった「Mars160」という国際ミッションが初めてに近いぐらいのかたちで上手くいったのです。上手くいった理由の1つとして、チームの中に東洋の人間がいたことが大きかった。

──欧米の人よりもしぶといということですか。

村上 例えば英語だと、質問するとイエスかノーで答え、曖昧にはできない。日本人の場合、質問されると「or」(または)で答えることが多い。「or」で意思を伝えることは普通ネガティブに捉えられますが、僕は極地ではすごく価値のあることだと思っています。

英語のように議論して必ずイエス/ノーで答えを出さないといけなくなると、ルールばかり増えてがんじがらめになってしまうんです。僕などは特にホワンとしていますが、これが役に立ったなと思います。

「火星実験生活」の様子(撮影 村上祐資)

「無関心」に折り合いをつける

──極地の生活を体験しないとわからない価値があるのでしょうね。それは、われわれが見落としてしまっている建築の根源的な価値に通ずると。

村上 はい。建築とか暮らしを改めて再定義したいと思うようになりました。僕は1000日以上極地に住んでいますが、今、ようやくわかってきました。1000日住むと仏教だと悟りを開く。まあ、悟りまで行っていませんが(笑)。

宇宙に行く場合、まず選考があり、今までは選ばれる人は我慢できる人、ポジティブである人、そして表現力、スピーチ力のある人でした。これはある意味ではすごく厄介です。

──そもそも自己主張の強い人しか来ない。

村上 そうなんです。基本的に選ばれる人は、ある事柄には関心がとても高い。ということは、その横に無関心のところもたくさんあるわけです。強い意志を持っている人が持つ「無関心さ」をよく見ると、どこで事故になるかがわかるようになってきます。

大事なことは、それぞれが持っている無関心さにどう折り合いをつけていくかということです。国も性別も多様になってくると、自分にとっては無関心だけど、別の人にとってはすごく関心のある領域が多く出てくる。

無関心の領域は議論すらできないので、事故になるまで表面化しない。スペースシャトルが2度大きな事故を起こしているのは、まさにそれです。

──普通の社会には、弱い者もいて、ある仕組みをつくっている。ポジティブな人だけだと違うのでしょうね。

村上 強い者だけが集まると生活全般について、手を抜き始めるのです。ミッションとして探査をしてサンプルを取ってくることなどは、評価がプラスになるので皆やります。一方、掃除や皿洗いなどは、共同生活をしていると必ず誰かがやらなければいけないことなのにやりたがらない。あるいは自分がやっていないことに気づかない。

明らかにやる人が片寄ってきて、完全に2つに分かれます。クルーの中で僕ともう1人、皿洗いをする人がいて他は誰もしない。僕以外のもう1人はとても不満で、今の状態は最悪と言っている。でも残りの人は、皿洗いを誰かがやってくれて自分は観測に集中できるのでチームは最高の状態と言っている。見えている世界すら違うのです。

──そういうことから、だんだん仲が悪くなっていくんですね。

村上 そうです。僕がよかったのは、最初に極地体験をしたのが南極だったことです。南極越冬隊には、あまりポジティブではない人もいて、ある種のバランスがとれていたので学ぶことも多かったです。

──村上君の性格もあるよね。昔から何でも楽しそうにやっている。それが周りを引きつけているのでは?

村上 そうかもしれません(笑)。今まで宇宙飛行士はタフで強い人、いわば進化した個人を選んできたわけですが、群れとして進化していくことを考えるべきかと思っています。

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