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松居大悟:映画、演劇、TVドラマの境界を超えて

2018/07/15

現実より説得力のある虚構

──松居大悟という作家も1作品ごとに変わっていますよね。松居監督はすべてのつくるものに対して自分の覚悟を入れてしまうし、だから結果的に強い作品ができている感じがします。これからの松居君が表現したいことはどのようなことですか。

松居 例えばクリント・イーストウッドのこの前の『15時17分、パリ行き』という映画では、テロ事件を止めた若者たちをそのまま映画のキャストにして、役者が演じているのではない。車両もその事件のものを使ったらしいんです。そのようなことを考えると、日本映画として現実よりも説得力のある虚構をどうやってつくるというところに興味がありますね。

漣さんが亡くなられたときに、現実が、漣さんの愛した世界を壊してしまうことが、すごく悔しかったんです。

「結局、虚構は現実には勝てない」となるのは嫌だから、虚構が現実をねじ伏せてしまうような表現をもう少しできないかなと思っているのです。

──実際、創作というのは、現実と非現実と向き合いながら表現していく行為ですよね。

松居 今は現実のほうがもう大変というか、すごいから。虚構だ何だって言っていられないなと思うときに、こっちを利用しない手はない。どっちのほうが切実かみたいな話になる。

──創像工房が謳っていたように映画と演劇と両方やるということも松居君が体現していますね。

松居 確かにそう言われてみればそうかもしれない。むしろ早稲田に行って演劇をしていたら、続いていなかったかもしれないですね。たぶん演劇を疑っている人がいなかったと思うんです。

慶應の創像工房は「映画と演劇をやっていますよ」といって、映画をやりたい人も「何だよ、インチキじゃないか」と言いながら演劇をやっていたりする仲間たちだったから、演劇を疑っている人も多くて居心地がよかった。

でも、ゴジゲンをやり出したとき、とにかく「なんで慶應に行って演劇をやっているの?」と、目茶苦茶言われるんですよ。慶應出身だと言うと、「どうせやめるんでしょう」みたいな感じで、外に出ると、ものすごく向かい風なんです。だからこそ、なにくそ精神で、「いや、こっちのほうがおまえらより面白いものをつくっている」とふんばって頑張れた。

もし本当に演劇を続けたい人がいたら、僕もそうだし、僕の前後の人たちも、ふんばって新しい表現や演劇に挑戦している人がいるので、彼らとつながったほうがいいと思います。「負けずにカウンターで行こうぜ」と。

──今日は有り難うございました

※所属・職名等は当時のものです。

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