三田評論ONLINE

【話題の人】
島田由香:新人事制度「WAA」が変える日本の働き方

2018/06/26

WAA成功の5つの要素

——まさに昨今言われているインダストリー4・0というか、インフォメーションを使った新たな産業革命を大いに活用されている。

島田 WAAには5つの成功要因があると考えていますが、その1つはテクノロジーです。遠隔でも働けるツールがなければ、制度は実現しなかったでしょう。

2つ目の要因は、先程もお話ししたように、ビジョンからスタートしているということ。目には見えにくい点ですが、最大の成功要因だと考えています。長時間労働、生産性の低さといった課題ばかりにフォーカスすると、何のためにするのかという目的を見失い、制度を導入すること自体が目的になってしまうことがあります。目的と手段を混同しないことが重要です。

——制度導入には、上層部の理解も重要だったのではないですか。

島田 その通りです。3つ目の成功要因はリーダーのコミットメントです。WAAが早期に導入できたのは、イタリア人の前社長(フルヴィオ・グアルネリ氏)のリーダーシップによるところが大きいです。始まりは、着任して初めて日本人の働き方を目の当たりにした前社長に「なぜ皆、毎日夜遅くまで働くのか」「なぜ通勤ラッシュがあるのか」と訊かれたこと。「私も日本の働き方には疑問を持っている。変えたい」と言ったら、「それなら変えよう」と。着任からわずか4カ月で全社員にWAA導入に向けたプロジェクトを発表できました。

4つ目の成功要因は、私たちが成長のマインドセットと呼んでいる考え方です。例えば、同じコップの水でも、「これだけしか入っていない」という見方も、「こんなに入っている」という見方もできますね。同じように、何かをしようと決めたときに、できない理由を100も200も並べ立てることもできれば、どうしたらできるのかに意識を向け続けることもできます。見つけようとすれば、できる方法も100も200も見つかるものです。WAAの根底には、この前向きな見方、成長のマインドセットがあります。

最後の成功要因は仕事の明確さです。ユニリーバでは成果主義が徹底されており、各部署や各社員の役割、責任範囲が明確です。これは全ての仕事に職務記述書があるということではなく、あなたに何が期待されているのかを上司が明確にし、自分が何をするのかが明確であるということを意味しています。これが不明確だと、常に部下が目の届くところにいないと難しい部分もあるかもしれませんね。

以上の5つが、WAAが上手くいっていることの背景にあるのではないかと思っています。

——こういった新しい制度を入れると、やはり抵抗勢力がありますよね。それに対してはどのように対処されますか。

島田 アイデアがあったら、まず言ってしまいます。そうするとだいたい「はあ?」という反応が返ってくる(笑)。それでもどうしても実現したいと思ったら、諦めない。反対する人には必ず理由があります。抵抗勢力と捉えて戦うのではなく、相手のニーズを聴きながら進めています。

尽きない「人」への興味

——人事の仕事がお好きなのですね。

島田 人事というのは、何かあるといろいろ言われる仕事で、一般的にはあまり良いイメージを持たれていないのかもしれません。でも、人事は「人の事」ですから社員に一番近い。かつ経営陣にも一番近い。両方にものを申し、インパクトを与えられます。

人事が変われば会社が変わる。会社が変われば社会が変わる。社会が変われば国が変わる。国が変われば世界が変わる。人事にはとても大きなチャンスがあるのです。ですから、何か言われてもあまり気になりません。反対されたり、嫌われたりしても、この人がそうなっている理由は何だろうと、そこに興味が出てしまう。周囲から苦手だと思われる人と仲良くなるのは昔から得意でしたね。

——やはり非常に人に興味があるということですね。

島田 これはたぶん生まれながらです。私はまったく覚えていないのですが、幼稚園のときに泣きながら帰ってきて、母の脚にしがみつき、「ママ、おせっかいと親切って何が違うの」と言ったことがあるそうです(笑)。きっと誰かに「おせっかい」と言われたのでしょうね。それを母から聞いて、その頃からなのだなと。誰かが元気がないと、「どうしたんだろう」と気になる。おせっかいって、余計なお世話かもしれませんが、人に関心を持って、つながることですよね。

——なるほど、教育とは基本的におせっかいなことですからね(笑)。

島田 誰にでも持って生まれた強みや可能性があります。それを皆が余すところなく出せるような場をつくりたい。そういうことを企業の立場からできたらと思っています。

——子育てと仕事の両立というのは、女性にとっては非常に大きな問題の一つだと思うのですが、その点についていかがでしょうか。

島田 私は最近、両立という言葉は使っていません。これまでの「ワーク・ライフ・バランス」という考え方には、一定量のものを割り振るイメージがあります。たとえば、仕事が70、家庭が30だったのが、50:50に近づくと良いとされる。 でも、本当に大切なのは、比率ではなく、やりたいことができているか。私の場合、80:80のときもあれば、200:10のときもあって、総和が100ではない感覚があります。

もちろん、女性はいろいろなことをやらなければならなくて不利じゃないかとか、なぜ私ばかりと思ったこともあります。同時に、母としての誇りもある。やはり子どもは、ある時期まではお母さんが一番。私を選んで生まれて来てくれたのだから、子どもが体調を崩してしまったときに、私が病院に連れて行くのは仕方がないと思っています。

でも、そういう想いや気持ちは、主人にしっかり言います。母としてしたいことも、人事の仕事を通じて実現したいことも伝えている。あえて「両立」のポイントをあげるなら、私がやりたいことを主人が理解してサポートしてくれていることが大きいです。

やはり一人ではできないので、周りの理解が必要ですね。家族だけではなくて、一緒に仕事をしている人、皆に感謝しかないです。助けてもらってばかりです。

——やはり身近な理解者というのが何と言っても一番大事ですね。

島田 そうですね。「なぜ女性ばかりが」となってしまうママたちもいるけれど、「考えてみて。いろいろな役割ができるのは女性だからだよ」と伝えたいですね。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事