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山澤文裕:スポーツ医学への貢献で国際陸連功労章を受章

2018/05/01

東京マラソンでの医事運営

——そういった大会運営のご経験が、東京マラソンの山澤さんの医事運営にも生かされていますよね。東京マラソンはいま36000人くらい参加する巨大なマラソン大会ですね。

山澤 第1回から12回連続で東京マラソン医療救護委員長を務めています。東京マラソンは2007年から始まり、当時の石原都知事がはじめから3万人のマラソン大会をやるとおっしゃった。もちろんそんな大会の医務活動の経験は誰にもないわけです。私自身の経験も東京国際女子マラソンで、これが一般市民も入れて3000人規模。世界的に見ても、3万人規模の大会はまだ少なかった。

例えばニューヨークやボストンは、はじめは何百人からスタートし、いろいろな準備を整えて最終的に3万〜3万5000人になっている。しかし、はじめから3万人というのはない(笑)。

——医学的には、2万、3万の人間がいっせいに走り出せば必ず心肺停止が起きるという前提での準備が必要となる。そのようななか、東京マラソンを世界で一番安全なマラソン競技会にするということを、山澤さんは当初から掲げられてきました。

山澤
 ですから、非常に悩みました。レースで心肺停止が起きることを確率的にゼロにはできない。しかし、心肺停止を起こした人を助けて死亡をゼロにすることはできる。そういうコンセプトで世界一安全なマラソン大会にしようとしました。

そのためAED隊というものを2つつくりました。1つはBLS隊として1キロごとにAEDを1台置く。もう1つはモバイル隊といって、自転車2人組でAEDを背負いながらコースを走ってもらう。また、救護所を5キロごとに置き、20キロ以降は2キロごとに設置しました。

——非常に細かに配置された。

山澤
 あともう1つ、ランドクターといって、ドクターを実際にその中に走らせたのです。そして、体調が悪い人に声をかけながら、何かあったらすぐ心肺蘇生をしていただく。これまで11名の方が心肺停止を起こしたのですが、全員社会復帰しています。誰も亡くなっていないし、1人も後遺症を残していない。これは世界的にも素晴らしいことです。

——本当にそうですね。

山澤
 日本国内で2004年からAEDが一般的に使えるようになり、AEDを使える人も増えてきたことも大きいと思います。

日本陸連医事委員会と日本体力医学会とでマラソンを始めるにあたっての10カ条をつくり、10番目を「マラソンをやるなら、自分でAEDを使えるようにしなさい」としたんです。いわゆる「バイスタンダーCPR」といって、目の前で人が倒れたら、すぐ心肺蘇生術をやって助けられないとダメということです。

そうするとマラソン大会での救命率が高くなるのは当然ですが、社会の中にAEDを使って心肺蘇生ができる人が増え、日本中で救命率が上がる。

——素晴らしいですね。「エマージェンシーアクションプラン」、つまり起きたときにどうするかというプランがあるということですね。

山澤
 また、東京マラソンで一番学んだ点は、集団災害に関しての知見を得られたことです。これを「マスカジュアリティー」と言いますが、3万6000人が走っていると、1000人以上が救護所を受診する。短時間のうちに1000人も救護所を受診することは普通はない。ですから、東京マラソン自体がマスカジュアリティーの貴重な経験になっています。その経験を東京2020に生かすことは非常に重要な点です。

ドーピングとの戦い

——アンチ・ドーピングに関して山澤さんは非常に豊富な知識と経験がおありです。

山澤 ドーピングはなぜいけないのか。それは何と言ってもスポーツという人間がつくった文化を壊してしまうからです。スポーツにおけるインテグリティ(integrity、高潔さ)を貶めるのです。スポーツが持つ力は人間社会を変え、世界を変え、世界の平和につながっていく。その力を損なうものの1つに、八百長や年齢詐称などとともにドーピングは挙げられます。

1999年に世界アンチ・ドーピング機構(WADA)ができて、各国政府はWADAに加盟して世界アンチ・ドーピング規程に署名をしないとオリンピックに出られないことになっています。ですから、すべての国、競技団体は世界アンチ・ドーピング規程を満たすような活動をしないといけない。

それにもかかわらず、ドーピングを犯す人はまだとても多くて、先般の平昌オリンピックでも残念ながら日本人選手を含め、数名の選手が陽性になっています。

——日本人はサプリメントの使用によるものが多いですね。

山澤 そうですね。サプリメントをつくっていく製造過程でいろいろなものがコンタミネーション(汚染)されることがあり、その汚染物質に興奮薬や蛋白同化薬、利尿薬が入っていることがあるのです。

日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が中心となって、教育・啓発活動に取り組んでいますが、東京2020に向けて、これ以上のアンチ・ドーピング規程違反者を出さないよう厳しくやっていかないといけません。

——ドーピングというのはスポーツの価値の部分にも関連します。オリンピックアテネ大会のハンマー投げで、表彰式後にポーランドのアヌシュ選手のドーピングルール違反が発覚して室伏選手が繰り上げで金メダルになった。しかし、メダルセレモニーの段階では室伏選手は銀メダルの位置だったので、室伏さんは銀メダルだと思っている日本人が多い。これは気の毒なことでした。

山澤 アヌシュの件以降、オリンピックや世界選手権の尿検体は10年間保管しています。2012年ロンドンと2016年リオのオリンピックで出た検体は、東京やその次のパリ大会でまた再分析されて、1番新しい分析方法で前の検体を再分析し、違反物質がないかどうかをチェックする。どんどん厳しくなっているのです。

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