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松本隆:ジャンルを越えて挑戦を続ける作詞家

2018/02/01

関西への移住

──今は「風街」(東京)を離れて、神戸と京都に居を構えておられますね。

松本
 ある意味、東京にはちょっと失望しているんです。やはり利権が多すぎるような気がする。特に、国立競技場をいきなり壊したのはあり得ないなと思いました。ビジョンがないし、地域住民の意見など一言も聞かなかったでしょう。築地市場の移転もそうです。全部利権で動いていて、僕から見たら、はっきり言って「よそ者」がやっていることです。それで、この街にはちょっと未来はないなと思いました。

神戸は、自由な風が吹いています。もともと港町で、震災で一度壊れた町です。なんかみんなほんわかしているんですが、大変な悲劇を見た後にほんわかしている感じ。みんな口には出さないけれど、神戸の人は、一度地獄を見ているんです。それでいてほんわかしているというところに、詩人としてすごく興味をひかれます。

京都も、歴史上何度も地獄を見ていますが、とりあえず「残す」ということの大事さを分かっている街ですね。

東京の最大の欠点は、「残す」文化がないことです。明治政府以来ずっとそうです。全部壊す。壊して発展を繰り返して、そのたびに利権が血肉を得て、怪物のようになっていく。ある意味でゴジラのような街です。壊すこと、壊れることが本当に好き。なんか変な街だと思います。

「風街」というのは、そもそもそういった東京へのアンチテーゼでした。壊れることがない、記憶のなかの街というのを構築しようとしたんです。

──東京生まれ、東京育ちの松本さんにとっては残念なことですね。

松本
 もちろん、東京はすごく豊かで、活気もある。渋谷なんて、こんなに混んでる街は他にないですよ。でも、渋谷の高層ホテルから見下ろしてみると、この街には何の計画性も感じられない。僕が知っている建物は全部なくなってしまって、代わりに変なデザインのビルばかり。もうちょっと普通のビルが建てられないのかなと(笑)。

この前、用事があって久しぶりに代官山から渋谷まで東横線に乗りました。渋谷は僕が長く住んだ、いわばホームタウンです。でも、渋谷駅で降りたら、どうやって地上に出るのか分からない(笑)。やっぱり、何かおかしい街なんじゃないかと思うんです。

精力的に創作を続ける

──今の日本の音楽については、どうご覧になっていますか。

松本
 これも同じで、やはり利権が多すぎると思います。大衆が求める音楽ではなくて、儲けたい人たちが売りたいものが出ている。大衆はそれを買うしかないから、先細っているんです。

全体的な売上自体はそんなに減ってはいないだろうけれど、やっぱりヒット曲がないよね。今はそういう不自然な状況ですが、いつか揺り戻しが来ると思っています。このままでは済まないでしょう。僕はある意味で性善説なので、放っておくしかないと思う。

──最近は、15年ぶりにアルバム全曲の作詞を手がけられました(クミコ with風街レビュー『デラシネ déraciné』)。

松本
 これはレコード大賞で優秀アルバム賞をいただいて、『ミュージック・マガジン』誌でもJポップ部門で年間2位に入りました。15年たっても、一度乗れた自転車はまだ乗れるのかなと思いました。ドラムはさすがに厳しいけどね(笑)。

詞は脳を使う作業なので、還暦を過ぎるとそんなにたくさんはつくれない。でも、神様が柔らかい脳を与えてくれたので、もうちょっと頑張りたいなと思います。

──以前からクラシック音楽の分野にも挑戦されています。

松本
 シューベルトの「白鳥の歌」の現代口語訳を、この春に出します。「美しき水車小屋の娘」「冬の旅」に続く3部作の最後の1つです。これはぜひ、クラシックが苦手な人にも聴いてもらいたい。「ハイネの詩+松本隆の訳詩+シューベルト」という、なかなかすごいことをやっています。歌っているのは鈴木准さんというテノールで、これはすごい。僕でさえこれまで聴いたことがないくらい、深くて高みにあるものができました。

──今度、NHK学園の新しい校歌も手がけられることになりましたね。

松本 校歌をつくるのは実は初めてなんです。これも新しいチャレンジですね。慶應の応援歌もまたつくりたいね。ちゃんと試合でみんなに歌ってもらえるやつを。

──楽しみにしています。今日はありがとうございました。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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