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加藤誉樹:日本のバスケットボールをレフェリーとして牽引

2017/11/01

審判が必要とされる場面

──銀行員時代、トップレフェリーとの両立では苦労したでしょう?

加藤 入行した当初は、吹くゲームのレベルや試合数が多くなかったですし、海外に派遣されるのも年に1回程度でしたので、それほど両立に難しさは感じていなかったのですが、トップリーグを担当するようになってからは大変でしたね。

バスケットの注目度も圧倒的に高まり、その中で審判に求められるクオリティーレベルも高くなってきたのです。なので、1試合吹く前にそのチームの試合の動画を10試合以上も見て、チームの特徴や選手の特徴を頭にインプットし、実際にコートの中で「このチームはこのメンバーではこういう戦術があり得るので、このようにポジショニングをしてレフェリングをしよう」とプランを立てて試合に臨みます。大体土日で試合を担当するので、平日の5日間で10試合から15試合ぐらい映像を見て研究します。

そうなると、絶対的に試合を見るための時間が必要で、仕事が終わり、トレーニングジムから帰ってきて、晩ご飯を食べながら1日2試合から3試合の映像を見て、次の朝出勤という日々が続くので、かなり両立はしんどいなと感じました。

──大体、現役のときより全然いい体になっているよね(笑)。

加藤 トレーニングをしてガッチリした印象を与えることは実はとても大事なんです。当たり前のファウルとか当たり前のバイオレーションには審判は要らない。

審判が必要なのは、それぞれのチームで決着がつけられないところなので、僕らがピッと笛を吹けば、「吹かれた」と思う人がいて、ノーコールという判定をすれば「吹いてもらえなかった」と思う人がいる。そこは必ずある不満が生まれます。

それに対してただ単に正しく笛を吹くだけでは難しい局面があるんですね。それが正しかろうと、間違っていようと不満に思う人がいて当然なので、正しい判定をしつつ、「いつ吹くのか」とか「前のプレイとの整合性はどうなのか」とか、「吹いた後、どう表現して、どうコミュニケーションを取ってゲームを進めていくのか」という要素が必要になってきます。

特に国際試合を円滑に進めるためには、審判の体格や表情などがとても大切になってくるわけです。

──まして、国際試合では英語すら分からなかったりする観衆もいるわけでしょう。

加藤 そうなんです。例えばもし日本古来のスポーツである相撲の行司が外国人だったら、お客様はどんな印象を抱くでしょう?

それと同じで、僕は海外のコートに立つときに、「えっ、日本ってバスケットやっているの、大丈夫」と潜在的に観客に思われていて当然だと思うんです。ましていくら正しい判定をしたとしても、その人間がひょろひょろで弱々しい印象だったら、納得感が得られない。

──加藤君の海外での写真を見ると、タトゥーだらけのすごくごつい選手に「お前、何だよ」と言われても全然負けていないよね(笑)。正しいだけでは勝てないと。

加藤 そうです。判定が常に正しいということは、逆に言うと当たり前になってきている。特に今は映像でもバスケットを楽しめる時代なので、正しい判定をしつつ現場にも納得感を得ながら進めていくのが大切です。

試合中の加藤さん

コートに立ったら黒子がいい

──Bリーグの最優秀審判というアワードはどう決められたのですか。

加藤 コーチとプレイヤーとメディアの方々の投票です。

──現場の人たちの投票で加藤君に一番票が入ったんだよね。普段レフェリーへのアピールをすることの多い現場のコーチ、プレイヤーやメディアに認められているというところが素晴らしいと思うんです。

加藤 本当に有り難いことだと思います。注目を浴びるという意味では責任と重圧も感じます。

──今回のプロ契約ということでいろいろな記事を見ると、「実績を評価」というのが多いのだけど、これはやはり国際試合をたくさん吹いているということでしょう。その先には当然JBAも東京オリンピックというものを見ていると思うんですが。

加藤 最優秀審判ですとかプロフェッショナルレフェリーというのは名誉なことで、もちろん嬉しいのですが、コートに立ったら黒子というか、あくまで僕たちは主役ではない。試合が終わったときに「あれ、今日の審判、誰だっけ」というのが一番いいかなと思うんです。

──なるほど。今、大学のいい選手はどんどんBリーグに道が開かれている時代になってきた。「B2だったら俺でも行ける」と、ちょっと甘く見ている人もいるのではないかと思うんです。加藤君の目には、学生バスケットボールはどう見えていますか。

加藤 いい選手がバスケットに専念できる環境に行くのは、間違いなく日本のバスケットにとってはいいことですが、選手のセカンドキャリアなどを考えたときに、「じゃあ、バスケットに」と道を安易に決めることは、必ずしもプラスばかりではないと思います。

反対に、皆が「自分の人生が大事だからトップリーグではプレイしません」となると、それはそれでバスケット関係者としては寂しい。

私自身、最初に社会人として銀行に勤め、そこで様々なことを学んだ数年間は、自分の人生のベースとしてすごく大きな財産になったなと感じています。世の中どんな仕事をしていてもお金の出入りは付いて回るので。

私は両親が2人ともバスケットの元全日本選手で、両親が自分たちの苦労もある意味私に見せながら、私に銀行というところを選択肢として示してくれたのではないかなとも思っています。もちろん、両親が就職活動の相談に乗ってくれたということもありますが、それ以上に全日本選手が引退した後にどういうキャリアパスを歩んでいくのかを背中で見せてくれたところが大きいかなと。

その上で、私は私のライフプランとしてバスケットを選んだということなのかもしれません。

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