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中野優理香:宇宙飛行士を地上から支える

2017/07/01

  • 中野 優理香(なかの ゆりか)

    JAXAフライトディレクタ

    塾員(平24 理工)。卒業後、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
    (JAXA)入職、2014年よりフライトディレクタ。

  • インタビュアー松尾 亜紀子(まつお あきこ)

    慶應義塾大学理工学部教授

フライトディレクタという仕事

——中野さんは松尾研究室の卒業生で、今JAXAのフライトディレクタとしてご活躍されています。まず、この「フライトディレクタ」とはどんなお仕事なのでしょうか。

中野 今、国際宇宙ステーション(ISS)のプロジェクトは15ヶ国が参加しています。NASAとロシアの2国に加えて、ESA(欧州宇宙機関)、カナダ、そして日本という編成です。中でも「きぼう」日本実験棟はISSの中で、最大の宇宙実験棟です。

ISSは高度約400キロの高さを周回しており、「きぼう」は、大きく分けて5つのパーツで構成されています。様々な実験を行う船内実験室、物品を保管する船内保管室。実験機器の取り出しや超小型衛星の放出ができるエアロック、そして曝露部での実験を可能にする船外実験プラットフォームとロボットアームです。これらすべてを365日、24時間体制で見守り、さらに実験運用を行っているのが私たちJAXAの運用管制官です。

——ISSのモジュールごとに、各国の管制官が見守っているわけですね。

中野 ええ、自分たちの国が持っているモジュールは、各国の管制センターで管制しています。私たち管制チームは8時間交代のシフト制で、JAXAの筑波宇宙センターで働いています。

そしてフライトディレクタは、運用管制チームのシフトに入るメンバー全員を統括するリーダーです。例えば不具合があったときに人命・機器を守る対応や、実験がスケジュールどおりに進行していないときに続けるか、やめるかの最終決定権も持っています。

——今フライトディレクタは何人いらっしゃるんですか。

中野 13人で、1人につき月に10回程度シフトに入ります。

24時間を3つに割って8時間ずつを、フライトディレクタ1人と、各チーム1人ずつの多くて15人ほどのチームで担当します。

——その8時間のチームの仕事すべてに対して責任を負っている。

中野 そうですね。そして8時間ごとに、全員入れ代わります。

——フライトディレクタとして8時間見ているチームのメンバーは常に一緒?

中野 それが、一緒じゃないんです。航空管制官などはチームが固定なので、だからこそできることもあります。私たち運用管制官はチームごとにシフトの組み方が異なるため、メンバーの組み合わせは常に変わります。

なので、今日はこの人と同じチームだけど、明日は全然別の人たちと組むということもあります。だからこそチームを作り上げるのも難しいところがあって、それぞれのメンバーの特性を知っておく必要があります。

——そのシフトの8時間が、宇宙飛行士が寝ているだけだったりするわけですよね。

中野 そうです。私たちは日本時間で働いていますが、朝8時~16時が日勤シフトで、16時~午前0時が準夜勤、0時~8時が夜勤です。宇宙飛行士はグリニッジ標準時で生活しているので、日本の私たちの日勤タイム中は就寝になります。しかし、その宇宙飛行士就寝中に私たちは、計画調整の最終的な詰めの作業があります。

例えば、日本の実験で新しい装置を付けるとなったとします。しかし同時に、他国から自分たちの実験の装置を付けたいという重複の計画が生じた場合、お互いの機器の干渉が推測されます。そういった計画調整が15ヶ国分あるわけですから、大変です。

手順書も、例えば物品を手配する場合、一個一個について「あの棚の何番目の引き出しの何区画目にこのツールがあります」といった説明を、宇宙飛行士が作業にあたる際に必要な情報をすべてタイムライン(当日の作業時間割)に添付します。それらの最終チェックで日勤は追われます。

——日々時間との戦いなんですね。

中野 通常ISSに宇宙飛行士は3~6人滞在しますが全員が5分刻みで生活しています。朝6時の起床から朝食、朝礼、運動、そして1日6・5時間以内の業務など、すべて細かく決められています。

私はふだん、朝7時くらいに起きて、だいたいこのくらいに家を出れば電車に間に合うかな、程度のタイムスパンで生活していますが、それとは全然違うわけです。O型の自分が日頃使わない神経を使って、宇宙飛行士を気遣っています(笑)。

厳しい認定試験

——そもそも、フライトディレクタには、どうやったらなれるのでしょうか。

中野 フライトディレクタに限らず、運用管制官になるには、まず候補として推薦される必要があります。コミュニケーション能力や今までの業務等のバックグラウンドを考慮して推薦されます。そのエントリーから始まります。

——自分がなりたいというのでなく、推薦がないとなれないわけですね。

中野 自分がなりたいという意志と合わせて、上司からの「あなたなら大丈夫です」という推薦がないといけません。エントリーすると、まず膨大な教科書のリストが送られ、それらを読破したあとに、今度は2週間隙間なく集中講義を受けます。

その後、一番大変なシミュレーション訓練があります。実際の管制室と全く同じ空間を模擬した訓練室やシミュレータを使った訓練です。

最初は、簡単な不具合への対応ですが、回を重ねるごとに、不具合がどんどん複雑になっていきます。3時間前に起きたあの不具合が実はこちらにも影響しているとか、不具合同士が影響し合うため、対処の優先順位も付けないといけない。宇宙機は、不具合が起きた際、迅速にリカバリできるよう冗長構成になっているのですが、この冗長構成は「スパゲティ図」と呼ばれるくらい複雑なものです。例えば、予備の電気機器の不具合と、火災が同時に起きた場合、どちらを優先するか。順序を間違えると大変です。宇宙飛行士の安全を守るのが第一なので、そういう判断ができるかどうか。

あとはコミュニケーションスキルですね。不具合が起きているのに気付かずずっと話し続けているとか、説明が簡潔でなく対応が遅れやすいなど、話し方もチェックされます。不具合対処の中で一分一秒が惜しいときに、コミュニケーションで時間をロスすることは非常にもったいないです。

その後に筆記試験があり、シミュレーションの最終試験を8時間受けます。なぜ8時間かというと、1シフトが8時間だからです。そこでも、最初から最後まで散々不具合を入れられるんですよ。今思い出してもぞわぞわするくらい(笑)。それを経て、口頭試問、面接へと進みます。

——エントリーから認定まで、どれぐらいの期間ですか。

中野 1年半から2年ぐらいですね。その間はひたすら勉強とシミュレーションです。他に社内の業務を持っていたら、並行してハンドリングしなければいけません。

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