三田評論ONLINE

【話題の人】
笈田ヨシ:越境し続ける演劇人

2017/04/01

映画『沈黙』にも出演

──今話題の映画『沈黙—サイレンス—』にも出演されていますね。

笈田 『沈黙』は、パリにいたら急に来いと言われ、僕はオーディションなしで出演させていただきました。でも僕は何もやっていないように見えるらしい(笑)。マーティン・スコセッシ監督が映画産業の中で、どうやって自分の信念を具体化しようとしたか、その情熱が画面からつくづくと感じられる作品です。

日本の俳優が全員スコセッシ監督を尊敬していて、ちょい役ででも偉大な監督のところで一緒にやろう、という情熱がとても素晴らしかった。

僕は、10年以上も前に、ポルトガル映画で中浦ジュリアンという迫害される長崎のキリシタン宣教師の役をやったことがあります。今度も踏み絵をやって、それにつばきをかけろと言われ、拒否して十字架にかけられてしまう。自分の信念と行動を一致させるという情熱は僕にはないので、そういうことを演じるのは非常におこがましいというか……。

──でも、少なくともずっと異端の精神を持っていらっしゃるから、そういう十字架も(笑)。

笈田 異端の精神なんて持っていないですよ。ただ、偶然にほかの人と違う道をやっているだけで。

人間、他人がやっていること、今までにあるものにすがれば無難で、安心する。だけども、それでは前に進めない。教育や人生経験をいくら積んだって本当は垢がたまってくるだけです。フランスへ行ってもう50年になるけれど、結局学んだのは、どうやって先入観をなくしていくか。結局学んだことは垢を落としていくことだけでした。

哲学科で学んだロジック

──慶應に行こうと思ったきっかけみたいなものは何かあるのですか。

笈田 僕は京大へ行きたかったんだけど通らなかったので、仏文にサルトルの実存主義専門の白井浩司さんがいらっしゃった慶應を選びました。だけど教養課程で成績が悪いから仏文に行けず哲学科にやられた。

でも今思えば哲学科でよかったです。文学というのは非常に感覚的な部分がたくさんある。

でもいろいろなロジックの構築の方法が哲学科にはあったのです。それを勉強させていただきました。

──どういう先生方に教わったのでしょう。

笈田 宮崎友愛(ともえ)先生という倫理の先生には常に慎ましく、また、絶対的価値などは存在しない、いろいろな価値観がこの世にはあるということを学びました。それから非常に惹かれたのは務台理作(むたいりさく)先生。あの頃、若者にとっては実存主義か資本主義かの2つに1つという時代に、務台先生のその2つをどうやって融合させるかという授業は素晴らしかった。

卒論は、務台先生の影響を受けて 人間の個人的な存在と社会的存在との矛盾を取り上げました。

ギリシャ悲劇のアンチゴーヌでは、個人的な問題を重視すると、国家の意図に反することになり、国家に従うと、兄をないがしろにすることになる。その矛盾に悲劇が生じます。われわれは演劇をやっていても、個人的な問題と社会的な問題の両者をうまく包み込んだ物を提供しなければならないと思っています。

──演劇研究会に入られたのですね。

笈田 そうです。白井浩司先生が部長で、鬼頭哲人先生からご指導を頂きました。テレビ放送が始まって間もなく、六大学の演劇研究会がそれぞれ芝居をテレビで上演する企画があって、我々は「福澤諭吉伝」をやって、僕は緒方洪庵役をやりました。

──これからのプロジェクトは?

笈田 ブラジルで、マーラーの大地の歌を、リヨンでブリテンの戦争鎮魂歌をそれぞれ音楽劇として舞台化します。

──今日は有り難うございました。ますますのご活躍を期待しています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事