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【演説館】
桜井 良:社会科学研究から考えるクマとの共存のあり方

2026/03/26

4.現在の研究:北海道の知床を例に

許容力はどのように醸成でき、それが動物と共存する地域づくりにどのように寄与するのだろうか。私は現在、北海道の知床で調査をしている。世界自然遺産として知られる知床は、400頭前後のヒグマが生息し、世界的にも最も高密度でヒグマが生息する地域と言われている。一方で、知床には年間170万人の観光客が訪れ、また斜里町と羅臼町を合わせて1万人以上の住民が生活している。

世界遺産に隣接するウトロ地域の住民や子供たちと話すと、普段からヒグマを目撃することも多いようだが、人々は必要以上にクマを恐れることなく、冷静にクマと共存しているように見える。知床ならではの特殊な事情もあるだろう。例えば、現地では、野生動物管理を担う知床財団の職員が日々パトロールや住宅地近辺に出没したクマへの対応をしており、またウトロは町全体が電気柵で囲われ、クマが開けられないゴミ箱の設置もされている。

しかし、私はそれだけでなく、現地で行われている様々なヒグマに関する普及啓発がクマと共存する地域の構築に影響を及ぼしていると考え、特に地域の学校で行われているヒグマ授業に注目して調査をしている。斜里町立知床ウトロ学校(小中一貫教育)は、20年ほど前から、全校児童生徒がヒグマについて学ぶ授業をカリキュラムに取り入れている。小学1、2年生はまず先輩(中学生)から、ヒグマに出会った時の対処法を学ぶ。実際に先輩がクマの被り物をして、ヒグマを演じ、出会った時にどのようにふるまうべきかを、実践を繰り返しながら教えることが特徴だ。3~6年生も知床財団の職員から、クマに出会った時の対処法やクマの特徴を毎年学び、中学生は今度は後輩に教えるためにクマ授業の設計と実践をする。

聞き取りやアンケートから、授業を通してヒグマについて理解を深め、対処法を学ぶと、児童生徒のヒグマに対する態度が肯定的になることが分かった。小学校低学年はまだ多くの児童が、ヒグマが「怖い」「嫌い」と考えていたが、高学年になるほど、ヒグマについて「対処法が分かれば共存できる生き物だ」「知床の象徴」などとヒグマに対して好印象を持つ生徒が多かった。同様に低学年の児童はクマの数について「多すぎる」「いなくなってほしい」など、いわゆる許容力が低い状態であったが、高学年になると「知床にいるクマの数はちょうどいい」「少ないくらいだ」と話していた。正しい知識を身につけ、出会った時の対処法などを毎年繰り返し学ぶことで、ヒグマと共存できるという自信をつけ、ヒグマを許容するようになることが分かった。

ヒグマ授業や知床財団がウトロ学校の教職員向けに毎年行っている研修には、保護者やその他のウトロの住民も参加できる。学校が、児童生徒だけでなく、老若男女、関係者がヒグマとの共存のあり方を考えるプラットフォームとして機能しているのだ。そして、20年近く前から電気柵で町を囲うというハード面の対策と、ヒグマ授業の実践というソフト面の対策の両方が行われてきたことは、知床の特筆すべき点である。

5.おわりに

私が現在勤務する立命館大学政策科学部は、社会科学アプローチから政策的課題の解決を目指す学部で、卒業生の多くは、一般企業に就職したり、公務員になる者もいるが、野生動物と直接関係のある業界に就職する者はあまりいない。しかし、都会に住む人で、野生動物と直接関係しない日々を過ごしている人であっても、クマと共存する社会の構築のためにできることがあるような気がする。

私は毎年、学生を連れて、知床で1週間弱、フィールド実習をしている。学生は知床財団の職員の引率のもと、ヒグマが生息している森を歩き、ヒグマと日々共存しているウトロの住民や子供たちと交流する。学生の多くは普段は都会に住んでおり、森を散策した経験がない者もいる。実習前は、知床に行ったらヒグマに遭遇し、襲われるのではないかと心配する学生も多い。しかし、被害を防ぐための地道な対策が現地でされていること、そして野生動物とのすみ分けがされていることを目にして、ヒグマが高密度で生息する知床でも、人々は冷静にヒグマと共存しているということを学生は学ぶよう だ。

今後も堅果類の不作年には、クマの出没が相次ぐだろう。最近では、クマに限らず様々な野生動物が都市部近辺に出没するようになってきた。野生動物の数が増え、人間の数が減っていく現在の日本において、野生動物との共存とは何を意味するのか、我々1人1人がこの問題について理解を深め考えてゆく必要がある。

◆桜井良研究室ウェブサイト
◆立命館先進研究アカデミー

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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