三田評論ONLINE

【演説館】
桜井 良:社会科学研究から考えるクマとの共存のあり方

2026/03/26

  • 桜井 良(さくらい りょう)

    立命館大学政策科学部准教授、「野生生物と社会」学会理事・塾員

1.クマの大量出没の背景

2025年は東北地方を中心にクマが大量出没し、2025年11月末までのクマ(ヒグマおよびツキノワグマ)の捕獲数は12,659頭、クマによる人身被害件数は230件(内、死亡事故13件)となり、いずれも記録史上最多となった。一方で、クマに関わる研究者の中では「大量出没自体は20年前から起きていた」というのが、共通認識かもしれない。クマの餌である堅果類(ドングリなど)は、数年に一度、豊作と凶作を繰り返すことが知られている。堅果類が山であまり実らなかった不作の年には、餌を求めて長距離移動し、多くのクマが山から人里におりてくる事態になる。20年前の2006年も、他の年と比べ突出して捕獲数が多く、この年も堅果類が不作であった。

他方で、2025年の大量出没の特徴として、これまで出没が想定されていなかった市街地にまでクマが出てきたことがあげられる。堅果類の不足だけでなく、クマの個体数の増加も背景にあると考えられている。ツキノワグマは本州の多くの地域で増加傾向にあり、ヒグマの個体数もここ30年間で2倍以上に増加したと言われている。多くの地域でクマの狩猟が制限されてきたことも、個体数増加の要因に挙げられている。

クマの出没が相次いだもう1つの理由が、人間社会の変化である。少子高齢化や過疎化により、多くの中山間地域で人の営みが縮小し、農業従事者の減少とともに、耕作放棄地も増え、以前耕されていた場所が茂みや藪となっているところも多い。野生動物が茂みに隠れながら集落や市街地の近くまで出没しやすくなっている。

2.アメリカで発展した学術分野「ヒューマンディメンション」

野生動物と人間はどのように共存できるのか。この答えを求めて、私は慶應義塾大学の学部生の頃から、全国の野生動物調査ボランティアに参加していた。調査を通して様々な研究者や実務者と話し、また軋轢が起きている現場を見るなかで、野生動物問題を解消するためには、人間側が必要な対策をしなければいけないことを学んだ。つまり、野生動物そのものについて理解を深めるだけではなく、野生動物との共存を可能とする「社会」のあり方を模索する必要があり、社会科学のアプローチからこの問題に取り組みたいと思うようになった。国内外の様々な大学や研究室の情報を調べた中で出会ったのが、Human Dimensions of Wildlife Management(野生動物管理における社会的側面、以下、ヒューマンディメンション)という学術分野であった。

ヒューマンディメンションは、野生動物の経済的・社会的側面、個人や社会の行動、保護管理の意思決定への一般市民の参加、コミュニケーションを含めたアイデアと実践の集合体などと定義されている。私は、日本ではほとんど知られていなかったこの分野を学ぶために、大学を卒業後、フロリダ大学大学院に留学し、アメリカでヒューマンディメンションの理論や手法を学びながら、日本で実践的な調査を行う大学院生活を送った。

3.ヒューマンディメンション研究から分かったこと

ヒューマンディメンション研究として、兵庫県におけるツキノワグマの保全管理や、栃木県における野生動物被害を防ぐための地域主体の取り組みについて調査した。いずれも県の担当部署との共同研究として行い、住民の野生動物に対する意識、被害対策実施の有無やそれらに影響を与える要因について、聞き取り、アンケート、参与観察などで明らかにした。行政が行っていた住民学習会の事業評価も行った。

クマを例に考えると、同じ空間に人とクマが生活することはできないため、クマとの共存はすみ分けを意味する。クマが民家近くに出没しないように、誘因物となる生ごみの管理や柿や栗の木の実の回収などの対策が必要で、野生動物の隠れ家となる茂みを刈り払い、バッファーゾーンを作ることも不可欠だ。このような対策をどの程度できているかが、被害を最小限に食い止めるために重要になってくる。一連の調査から、人々の被害対策の実施の有無に影響を与える要因として、対策に関する知識、対策できるという自信、そして行政や研究者への信頼度などがあることが分かった。

また、ヒューマンディメンションでは、野生動物との共存を可能とする重要な要素として人々の野生動物に対する許容力(Wildlife Acceptance Capacity)があるとされており、アメリカでは、オオカミやピューマなど肉食動物に対 する許容力が調査されてきた。許容力が低い状態は、地域住民はその野生動物に否定的な感情を持っていることを意味し、捕殺・根絶を望むようになり、共存が遠のいてしまう。市街地付近に出没したクマの捕獲は必要だが、同じ国土の中でクマとの共存を目指すのであれば、長期的には、人々がその動物がいることをある程度許容できる必要があり、何が人々の許容力に影響を与えるのかを明らかにする必要がある。

兵庫県や栃木県の研究から、クマによる人身被害に対する危機意識が高まると、住民のクマへの許容力が下がることが分かった。例えばクマの出没が増え、集落内外で実際に人身被害が起きると、人々のクマに対する許容力が下がり、被害対策よりもまず「捕殺」、場合によっては近くに生息する全てのクマの「根絶」を望むようになっていた。一方で、継続した調査から、行政、研究者、住民など様々な関係者が連携しながら、コミュニケーションを密に対策ができている地域では、人々の対策への知識や意欲が高く、また行政を信頼し、積極的に対策行動をしており、結果的に被害は減少し、野生動物への許容力も高まることが分かった。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事