【演説館】
山﨑 元裕:"コメ不足"をいかに見るか──流通の視点から
2025/06/13

昨夏から昨秋にかけ「令和のコメ騒動」との報道がなされた。平成5(1993)年に騒ぎとなった「平成のコメ騒動」になぞらえて表現された。騒ぎの当初には、国が出さぬと宣言していた備蓄米(凶作時の供給不足に対応するための米)を売却するに至った。2025年4月末時点で3回目の備蓄米入札が行われたが、量販店の店頭価格は精米5キロの平均価格が16週連続で上昇中。未だにコメ騒動が終息する気配はない。
コメの議論で起こりがちなことは、グルメ自慢/一般的な食材として/食糧として/国土保全(水源)に関連して……様々な要素が、いつの間にか同じ土俵に上げられ纏まりが付かなくなることが多い。ここでは一般食品と食糧の観点に絞るよう努めたい。
平成のコメ騒動
平成5年は冷害による稲作の不作、大凶作であった。全国的に低温・日照不足、西日本・東日本とも多雨となり、昭和29(1954)年以来の全国的な冷夏となった。沖縄・奄美地方を除き梅雨明け宣言も出されなかった。この年の作況指数(*1)は全国で74。作況が最も良かった地域は沖縄で108。北海道が40、青森28、岩手30、宮城38、秋田83、新潟89、富山87……軒並み平年作を大きく下回った。
収穫量は約740万トンとなった。平成5年当時の需要量は約1000万トン。コメの供給不足により、米価は秋口から少しずつ上昇を始めた。時の細川内閣は従前の「コメは一粒たりとも入れない」という禁輸方針を転換し、9月にタイ・中国・アメリカ等から合計259万トンの緊急輸入を行うと発表した。
輸入したコメは「ごはん」にはならない長粒種が主体。消費者はそのような輸入米に手を出さなかったため、国は米穀流通事業者に対し、国産米と混米して売るよう指示を出し、消費者の不満を増大させた。翌平成6(1994)年6月に入り、沖縄県産早場米の収穫が始まる頃から、徐々に事態は沈静化した。
その平成6年は猛暑となり、一転して全国的に豊作が伝えられ、コメ騒動は完全に収束した。この経験を基に、国による備蓄米制度が始まった。
*1 作況指数とは、水田10a当たり平年収穫量を100とし、その年の収穫量を示す指数。106以上:良/102~105:やや良/99~101:平年並み/95~98:やや不良/94以下:不良。
令和のコメ騒動
令和6(2024)年夏にコメの品揃えを欠く量販店が散見され始めた。国の説明は、新米が出回る頃には落ち着くというもの。新米の収穫時期を迎え、令和6年産の作況指数は101と公表されたものの新米の流通は遅々として進まず、米穀流通事業者の調達価格は上昇し続けた。
年末頃には国が、コメは有るが投機を目的に米穀流通業者が買い占めていると説明を始める。令和7(2025)年を迎え、米価は史上最高値を記録することとなる。投機筋が換金目的の販売を始めるとの国の見通しが外れ、大凶作時など食糧供給困難事態のために蓄えていた備蓄米の入札の実施を公表したのが1月末。3月10日から12日にかけて15万トンの入札を行った後、3月26日から28日に第2回、4月23日から25日で第3回の入札を実施。合計で30万トン余が落札された。国は店頭米価が下がるまで(想定は7月まで)備蓄米を放出するとしており、今後の入札は2年古米、3年古米が対象となる。
一方で、外食・中食等業務用はもとより、量販店の棚にも米国産や台湾産を中心に輸入米がすでに出回っており、消費者からは一定の評価を得ている。いずれも平成5年の緊急輸入時とは異なり、単粒種あるいは中粒種であり、当時より品質も向上している。消費者に「ごはん」として受け入れられている。
平成と令和の相違点
平成コメ騒動の原因は、単年度の凶作(前年は101=平年作、翌年は109=大豊作)であった。令和コメ騒動は未詳ながら作況指数を見ると令和4年100=平年作、5年101=平年作、6年101=平年作と作況指数上は特段の問題はない。特筆するならば令和6年8月、宮崎県で震度6弱を観測した日向灘を震源とする地震の発生を受けて、気象庁が「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表したこと。この情報が災害への備えとして、家庭内備蓄を誘発した。ただし、量販店の棚からコメが消え始めたのはすでに7月からだった。
そして先述のように、備蓄米放出の決定は翌年1月末。一方の平成時は、1991年に起きたピナツボ火山噴火に起因する冷夏であり、国が緊急輸入の実施を公表したのは9月であった。平成は凶作、令和は平年作。平成は収穫時期に対策を公表したが、令和は翌年になってから対策を打ち出した。
もう1つの相違は法律。平成は食糧管理法時代。そして令和は「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(食糧法)」。
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山﨑 元裕(やまざき もとひろ)
株式会社ヤマタネ代表取締役会長、全国米穀販売事業共済協同組合理事長・塾員