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【演説館】
友利 昴:日本のロゴマークのあけぼのを訪ねて

2025/04/11

  • 友利 昴(ともり すばる)

    作家、一級知的財産管理技能士・塾員

日本の登録商標第1号は?

人差し指を包丁で切り落としてしまった板前が、恨めしそうに傷口を凝視している。目の前のまな板には、ちぎれた指の先端が転がっている─この奇抜な図柄こそが、明治18年に、我が国で最初に商標登録された記念すべきロゴマークである(図1)。

図1 明治18(1885)年に登録商標第 1号となった「養命膏」のマーク

これは「養命膏」という、江戸時代から販売される、傷口に塗る膏薬のマークだ。その図柄には、「こんな大ケガのときでも、この薬を塗れば大丈夫」というメッセージが込められている(指を切り落としているというのに、本当に膏薬で大丈夫だったのかはともかく)。

このような1コマ漫画めいたイラストは、家紋調のものが多かった当時のロゴマークの中でも異彩を放ってはいるが、薬や化粧品などにおいては、しばしば見られた趣向のひとつだ。これには、当時の一般生活者の識字率が関係している。誰もが文字を十分に読めたわけではない時代にあっては、事業者は、自家の商品が何のためのものか、どのような場面で使うのかを、消費者に向けてイラストで示す必要があったのだ。

その結果、当時の薬のロゴマークには、「指を切った」「腰が痛い」といった、ケガや病体を表した、陰気にも見えるデザインが採用されることが少なくなかった。今日のサプリメントや健康食品には、むしろ「元気」や「快復」を連想させるデザイン上の工夫がなされることが多いから、真逆の趣きである。

内臓むき出しで笑う男のマーク

同様の趣向を凝らした当時の代表的なロゴマークに、「胃散」の人体図マークがある(図2)。「胃腸をむき出しにした男」の図は、もちろん、これが「胃腸薬」であることを端的にビジュアルで説明するためのものである。西洋からもたらされた医学書を参考にしたと思われるそのデザインは、妙に写実的でグロテスクだ。商標権者の太田信義は、今日の太田胃散の創業者である。

図2 グロテスクな図柄が目を引いた胃腸薬「太田胃散」の初代登録商標(明治 18 年)

これはさすがに、当時の市井の人々からも珍奇に受け止められたようで、同社の社史では「一般大衆には『薄気味の悪い』印象を与えたことも事実で、それがかえって『人体図の太田胃散』として忘れがたいイメージを受け付けた面もある」(『太田胃散百年の回想』66頁)と振り返られている。

ところが、この「胃散」が評判をとったことから、「人体図マーク」はブームを呼び、多くのフォロワーを生むこととなった。内臓むき出しのロゴマークが、後発事業者からも次々に発表され、その影響は昭和時代まで残った。今日的センスから振り返ると、一種、異様なムーブメントにも思える。

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