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【演説館】
武藤香織:次のパンデミックに残された倫理的課題を考える

2024/01/19

国産ワクチンの開発とボランティアの確保

3つ目の課題が、国産ワクチンの開発である。COVID-19のワクチンは、海外のメーカーが開発し、日本政府が交渉して大量の輸入にこぎつけた。最近になって、国内企業も関わった、副作用の少ないワクチンの製造販売が承認され、使われるようになってきた。しかし、パンデミックの当初から迅速に国内で開発できなかったことは、1つの反省点となっている。

医薬品の開発をするときには、臨床試験を行い、開発中の医薬品の安全性や有効性を、人で試さなければならない。医薬品の臨床試験は、大きく分けると、①健康な人に投与して体内での代謝や毒性など安全性を確認する段階、②少数の患者に投与して有効性を確認する段階、③多くの患者に投与して有効性を確認する段階がある。それらに協力してくれるボランティアが不可欠となる。

その際に注目される臨床試験の方法が、健康な人にあえて病気になってもらう、ヒトチャレンジ試験(CHIM)と呼ばれる方法だ。例えばボランティアに大量の花粉を浴びてもらって花粉症になってもらい、開発中の治療薬の効果を確認する臨床試験が行われている。ヒトチャレンジ試験は、人為的に病気にさせたボランティアの健康を速やかに回復させる必要がある。そこで、既に他の治療薬がある場合に限って実施が認められるのが原則である。

今回のCOVID-19のワクチン開発では、海外でヒトチャレンジ試験が行われ、速やかに効果を確認できたことが早期の承認につながったとされている。ただし、パンデミックという例外的な状況であったにせよ、まだ治療薬が承認されていない時期に、ボランティアをウイルス感染させるワクチンの臨床試験が行われた。このことには、今も批判が根強い。

だが、考えなければならないことは、国産ワクチンの開発を目指すのであれば、日本でもヒトチャレンジ試験に協力してくれるボランティアがいなければならないということだ。COVID-19のワクチン開発においては、国内でヒトチャレンジ試験を組むべきかどうかという議論はタブー視されたまま、海外のボランティアに頼り、海外で生産されたワクチンの輸入に頼った。果たして次のパンデミックも、全て海外頼りにしてよいのだろうか。

日本では、多くの臨床試験が行われ、新しい医薬品が生まれている。しかし、その臨床試験に協力したボランティアの姿は見えにくい。ボランティアが社会的に尊敬され、その尊い意思に報いる環境や、手厚い補償の仕組みなどを整備しなければ、次のパンデミックでも迅速なワクチン開発を期待できないだろう。

本稿では、3つの倫理的課題を心配事として述べた。「5類感染症」となって落ち着いている間に、ぜひそれぞれの立場で考えていただき、次のパンデミックに備えていただきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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