三田評論ONLINE

【演説館】
坂本雅信:日本の漁業が直面する問題と持続可能な発展のために

2023/01/18

魅力ある「魚食(ぎょしょく)文化」

日本の漁業はもともと、豊かな海に囲まれた中で生まれた産業であり、魚を中心とした「魚食」や「和食」という文化が育まれ、発展してきた。一方、ノルウェーは、水産物を輸出商品として位置付けて国を挙げて取り組んできた一方、国内では魚の消費はあまり活発ではない。

ところが、日本には元来、「魚食文化」があり、水産物消費が減少している中にあっても「子どもの好きな食べ物ランキング」では毎回、寿司は上位の常連だ。テレビの旅行番組で出演者がおいしそうに食べるのは、必ずと言っていいほど、新鮮な刺身やその土地ならではの魚料理だ。

我々漁業者は、この魚食文化に根差して、この豊かな海にある水産資源を守りながら、持続可能な漁業を営んできた。今後も将来にわたって、この資源をより有効に活用し、世界の人々が日本の水産物を従来以上に求めるようにしていくことが、日本の漁業がとるべき道だと考えている。

寿司をはじめとする日本の魚食文化は、2013年のユネスコ無形文化遺産登録を引き合いに出すまでもなく、世界が認めるものである。世界中の人々が日本に来て、さらに魚を食べてもらうチャンスは十分にあるのではないか。

日本では全国津々浦々の漁業者が地元で漁業を営み、そこで水揚げされた水産物をさまざまな形で食材として活用してきた。現在では、全国各地の漁港を基点に「関サバ」、「大間のマグロ」、「銚子のサンマ」など、地名を冠したブランド魚が広まっている。

また、全漁連ではこうした漁師自慢の旬の魚を多くの消費者に知ってもらうために「プライドフィッシュ」プロジェクトを展開してきた。これらの水産物を食べるために、訪日客がやって来て、東京のような大都市や京都などの有名観光地だけでなく、「この寿司ネタはどこの産地のものだろう」と、その産地を訪れるきっかけになるのではないか。

アフターコロナでは、訪日客の方々には、ぜひ新鮮な魚が水揚げされる各地の浜を訪れていただきたい。そして、彼ら彼女らが水産物の価値を見出しているのを見た日本人が、魚食の価値を再発見し、日本人の魚消費の拡大にもつながっていくことを期待している。

ここで重要なのが、魚食という「文化」の発信だ。多くの人々に漁村を訪れていただくことで、その地域の活性化につなげるべく、魚食・和食文化を大いに発信していきたい。こうした魅力を発信するため、観光や飲食店、料理人の方々とも積極的に連携していきたいと考えている。

さらに、魚食文化を守り、発展させるために、学校給食に地魚を取り入れる取組みをはじめとして、学校などで直接子どもたちに教えるだけでなく、その両親にも、魚のおいしさやさばき方を伝えるなど、さまざまな取組みを進めていきたい。

日本の海は貴重な財産

今、世界の国が日本の漁業資源に注目し、日本近海にやってきて漁業を行っている。このことからも、日本の海は世界的に見て貴重な財産だということがわかる。

その一方、水産資源は海流の変化や海水温の上昇など複合的な要因で減少している。とりわけ沿岸漁業では、漁業者が資源管理や海洋保全活動を一生懸命行っても、なかなか水産資源が回復していないという現状がある。

それでも、日本の海には資源があり、我々漁業者はその資源を守りながら活かすことによって、食料危機から日本を、そして世界を救っていかなければならない。これは魚食文化を守る前提条件だ。これらのことを多くの人たちに強く働きかけ、漁業の存在価値をより高めていきたい。

漁村コミュニティの持続的発展のために

今回の国の水産基本計画では、漁村の活性化のため、「海業(うみぎょう)」の推進に取り組むことが位置付けられた。海業とは、漁村の人々が、海や漁村に関する地域資源の価値や魅力を活用して所得機会の増大等を図る取組みのことを指す。漁業以外の産業とも協力し、地域の特性を活かした漁村・漁業の発展を目指すもので、漁業・水産業の成長産業化の大きな可能性を秘めていると思う。

私の地元、千葉県銚子市でも洋上風力発電を核に、地域の活性化を目指す活動を行っている。商工会議所と漁協が合同で、風力発電のメンテナンス事業や、外部からの見学者に向けて漁船を使って風力発電を見に行くような取組みを企画している。

また、海外の風力発電の事例によれば、洋上の風車を支える着床式基質周囲でのベントス(魚の餌になるゴカイや小型のエビ類などの底生生物)の増加や、魚礁のように魚を集める蝟集(いしゅう)効果が確認されており、洋上風力に併せて幼稚魚の育成の場を創出することができるのではないかと期待されている。我々が関係事業者と協力し、その地域の漁業と風力発電事業がウィン=ウィンの関係になるようにしていくことが重要だ。

魚礁効果が発揮され、そこに集まる魚を漁業者が獲り、その魚が近くの旅館や店舗に提供される。そうした商いに必要な電力を風力発電で賄う。このような循環型の新しい産業の形が地域に誕生することにつながっていくのではないかと期待している。

漁村の暮らしは、もともと誰かが一人勝ちするものではない。みんなが価値を認めあい、共感し、協働して支えていく。それが、地域を主体とする漁村だ。

漁業を持続していくことは、この豊かな日本の海を守り、漁村の持続的な暮らしとそこに根差した日本の食文化を育んでいくことでもある。このことを肝に銘じて、漁業の持続的発展に取り組んでいきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事