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【演説館】
坂本雅信:日本の漁業が直面する問題と持続可能な発展のために

2023/01/18

  • 坂本 雅信(さかもと まさのぶ)

    全国漁業協同組合連合会代表理事会長・塾員

約3分の1に減少した生産量

2020年12月に日本の漁業と漁業者を法的に定める漁業法(改正漁業法)が実に70年ぶりに改訂・施行された。

70年前は、筆者は生まれていなかったが、当時の日本政府の方針は、日本国民に栄養のあるたんぱく源である魚を提供し、さらに世界中に乗り出していって、世界中の海で魚を獲り、それを輸出して外貨を稼ぐというものだった。

漁業者は、国のその方針に従って、漁業を盛んに行い、世界中の海から魚をかき集めた。元々米食、魚食を中心とする食生活だったことも奏功して、日本は世界一の漁業生産国となり、1984年には1282万トンの生産量を記録して、そのピークを迎えた。

しかし、その後、生産量は減り続けて、2021年にはピークの約3分の1の417万トンまで減少してきた。

この要因としては、さまざまなことが指摘されている。

「新たな資源管理」の実践に向けて

日本漁業の長期的な生産量の推移を見ると、日本から遠く離れた海域で操業する遠洋漁業は、1970年代以降各国の200海里水域設定により漁場を追われたことでピークの399万トン(1973年)から25万トン(2021年)まで減少した。また、資源量の自然増減の波が極端に大きいことで知られているマイワシは、ピーク時の1988年には449万トン漁獲されていたのに対し、90年代後半以降大きく減少し、最も落ち込んだ2005年には2.7万トンにまで減少した(2021年は68万トン)。この2つの大きな減少要因に加え、高度経済成長期以降、沿岸域が埋め立てられるなど、藻場・干潟が4割も消失し、稚魚育成の場や貝類・底生生物の生息の場が失われたことも漁獲量減少の要因として指摘されている。

遠洋漁業とマイワシの減少が生産量の推移に与えた影響は非常に大きい。また、実はこれらの減少分を除いて考えると、我が国周辺海域での生産量は、長年にわたり大きな落ち込みは見られていない。これは、伝統的にさまざまな自主的な管理を行いながら、持続的な操業を続けてきた我々漁業者の実感にも合うものである。

例えば沿岸漁業の代表選手、定置網漁業は魚群を待ち受ける「待ちの漁法」である。そのため、資源量の多い場合は漁獲量も多くなり、資源量が少ない場合には漁獲量も少なくなることから「資源状態のバロメーター」とも呼ばれている。我が国では定置網に限らず、釣・刺網など自然に寄り添った漁法が伝統的に発達し、日本の漁村地域を支えてきた。

しかし、2010年頃からのここ10年間を見ると、長きにわたって緩やかな減少で推移してきた沿岸域の生産量も、急減し始めているのである。

海洋環境の変化は沿岸漁業にとって脅威

このような漁獲量の急減は、海洋環境の変化が近年顕在化したものと言われている。例えば海流の変化によってサンマの回遊ルートが沖合化したこと等にともなう大幅減少や、水温上昇によって産卵可能海域が縮小したことにともなうスルメイカの減少、北太平洋・北極海の水温上昇によって分布可能域が縮小したこと等にともなうサケの減少など、海洋環境の変化との関連が指摘されている。

こうした海の変化は、とくに前浜へ来遊する水産資源を活用した沿岸漁業を生業とする我々漁業者にとって、大きな脅威となっている。漁業者はもちろん、こうした状況に対し、資源を守りながら持続的に漁業生産を継続するため、従来の自主的な取組みに加え、改正漁業法による新たな資源管理に積極的に取り組むこととしている。他方、この取組みと併せて海洋環境変化に対応した、新たな来遊魚種の活用促進や他漁法への転換など政策的な取組みが必要となってきている。

2022年3月に閣議決定された国の新たな水産基本計画では、こうした海洋環境変化の影響を指摘した上で、漁業が存続をかけてこの状況を乗り越えるための対応や取組みの必要性が明記された。とくに沿岸漁業については、来遊の変化に応じた新たな水産資源の活用や新たな養殖業、生産と消費の場が近いという特徴を生かした加工・流通のバリューチェーンの強化や高付加価値化といった沿岸漁業の方向性が位置付けられた。

今後も沿岸漁業者や漁協が取り組むべき課題は多い。漁業者の経営安定対策、産地市場の統合による集荷力と価格形成力を持つ体制の構築、それを担う人材育成、藻場・干潟の保全などによるCO2削減対策、海業など沿岸域の利用促進など、さまざまだ。

このような状況において日本の漁業は産業としての持続性を失いつつあるのかというと、決してそうではない。私自身は、「日本の漁業は決して衰退産業ではない。むしろ大きなポテンシャルを持っている」と考えている。

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