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【演説館】
水野 祐:DXのためのリーガルデザイン

2021/03/18

なお残る課題

DXを単なるデジタル化と捉える向きもあるが、形成基本法が「デジタル社会」の要件として「インターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて自由かつ安全に多様な情報又は知識を世界的規模で入手し、共有し、又は発信する」ことを明記しているとおり(2条)、DXの最大の鍵はデジタル化した情報をいかに円滑に共有して利活用するか、すなわち、高度なデータシェアリングの実現である。だが、法制度としては高度なデータシェアリングの実現には依然として大きなハードルがある。すなわち、データには個人情報やプライバシー、著作物、営業秘密等が付着・混入するため、個人情報保護法、著作権法、不正競争防止法あるいは不法行為法の規律に服することになり、これらを1つずつ検討していかねばならない。これらの情報法を、民主主義社会が培ってきた価値を損なうことなく、いかに高度なデータシェアリングに向けて調整できるかが、データシェアリング社会実現の可否に直結していると言っても過言ではない。このような法制度上の課題は、日本に限らず、米国・EUなどでも同様の問題を抱えているが、個人情報・プライバシー保護よりもデータシェアリングの利便性・経済性を重視する中国の影響力が大きくなっていることや、コロナ禍における公衆衛生上の要請から、その対立は先鋭化している。上述のデジタル改革関連法案により、データシェアリングに関する日本独自の法的障害はほぼなくなったとは言えるかもしれないが、問題の本丸は変わらず残っている状態である。

もちろん政府も上記法的課題を認識しており、データシェアリングの実現のために、各法ともそれぞれ努力を重ねてきている。たとえば、個人情報保護法においては、2020年改正により、イノベーションを促進する目的から内部分析等に資する仮名加工情報制度が新設され、健康・医療に関する先端的な研究開発・新産業創出を促進することを目的とした次世代医療基盤法の運用も始まっている。

著作権法においては、2018年改正のデジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の導入により、新技術を活用した新たな著作物の利用が諸外国と比較しても容易になり、実務的にも活用されている。また、同改正により同じく創設された授業目的公衆送信補償金制度は、新型コロナウイルス感染症の蔓延に伴う遠隔授業等のニーズに緊急的に対応するために、当初の予定を早めて2020年4月より施行された。さらに、文化庁では、放送番組のインターネット同時配信等に係る権利処理の円滑化に向けて法改正する方向で議論が進められ、知的財産戦略本部においても、著作物の利用円滑化のために著作物の集中管理の促進と、日本版の拡大集中許諾制度(*1)が議論されている。

データシェアリング社会を実現するための抜本的なアプローチとしては大きく2つあるだろう。1つは、各法をそれぞれ改正していくアプローチだ。しかし、個人情報保護関連法については総務省、著作権については文化庁、不正競争防止法については経済産業省がそれぞれ所管しており、データシェアリング全体のルールについて「司令塔」が不在となっている。デジタル庁は、この司令塔として期待されているが、各法とも歴史やそれぞれが由来する人権や正当化根拠等が異なるため、これらの省庁間の縦割りをまたいでデータシェアリングを促進する方向で調整できるかは未知数だ。

もう1つのアプローチは、「データ法」のような、データシェアリング一般に関する法律を上記各法とは別に制定してしまう方法である。例えば、EUは、2020年2月に欧州委員会が公表した「欧州データ戦略」に基づき、包括的なデータに関する法的枠組みとして「データ法」を2021年に成立させる構想を打ち立てている。ただ、EUでさえも、2016年に成立したGDPRのような個人情報保護制度や2019年に成立したDSM著作権指令を含む著作権制度といったファンダメンタルな法制度を本当に「上書き」または「横出し」できるロジックの構築と調整が図れるのかはいまだ不透明と言わざるを得ない。

本質はテクノロジーと法の共生関係

DXのためのリーガルデザインとは何かを考えると、行き着く先はテクノロジーと法の相互作用、共生関係をどう形作っていくのか、という本質的な課題に帰着する。電子国家ともてはやされているエストニアのケルスティ・カリユライド大統領による「デジタル国家はテクノロジーではなく、その周りの丁寧に作りこまれた法体系である」との言葉は、まさにこの本質を美しい言葉で表現している。

本稿の最後に、3つほどポイントとなる視点・取り組みを挙げてみたい。

1つ目は、新しいテクノロジーを前提とした実験・実証を通じて規制や法制度の見直しにいかにつなげていくか、ルールハッキングとルールメイキングをいかに循環させるか、である(*2、3)。その観点から、時限的措置だった「規制のサンドボックス制度」を生産性向上特別措置法から産業競争力強化法に移管し、恒久化することも2021年2月に閣議決定されたことが注目される。

2つ目は、テクノロジーと法の相互作用を長期的・根源的に問い直すELSI/RRIである(*4)。ELSI/RRIとは、科学技術の発展に伴って生じる倫理的、法的、社会的課題についてあらかじめ研究し、対処するための取り組みを言う。研究からイノベーションまでの過程全体を通じて、多様なステークホルダーが参画し、社会のニーズや期待に合致するような形で科学技術を推進することを企図している。今後、ELSI/RRIに関する幅広い取り組みを研究開発・イノベーションの取り組みと一体化して進めることがテクノロジーと法の共生関係の観点からも必要になるのではないだろうか。

3つ目は、データコモンズを確保する制度設計である。2016年に官民データ活用推進基本法が施行され、国や自治体はオープンデータに取り組むことが義務付けられたにもかかわらず、オープンデータの豊富化は諸外国に大きな遅れを取っている。DXの実現にはこの点についても梃入れする必要がある。「データは21世紀の原油」という言葉に象徴されるように、データの価値が叫ばれるなかで、データのオーナーシップを求める声は今後ますます高まってくるであろう。だが、本来、無体物であるデータ・情報に所有権は観念できず、あくまで利用権・アクセス権が措定されるのみだ。特定の者にデータの排他的独占権を認める法制度はデータシェアリングの大きな支障になる。また、すでに大量のデータへのアクセス権を持つ米国の巨大IT企業に抗していくためには、誰もが自由にアクセスできるデータを豊富化していく必要がある。自由に利活用できる公共のオープンデータのみならず、企業が取得するデータも一定の条件のもとでデータコモンズ化していくべきだ。これは国際競争力の観点からも、日本、そして日本の国民一人一人のテクノロジー主権の観点からもますます重要になってくるだろう。

〈注〉

*1 ECL:Extended Collective Licensing

*2 拙稿「ルールメイキングとハッキングを循環せよ」(WIRED)

*3 この点について、経産省は、国がルール設計からモニタリング、エンフォースメントまでを一手に担う従来型のモデルから企業がこれらの中心的な担い手となっていくモデルを報告書にまとめている。「GOVERNANCE INNOVATION:Society5.0 の実現に向けた法とアーキテクチャのリ・デザイン」報告書

*4 ELSI(Ethical, Legal and Social Issues:倫理的、法的、社会的課題)/RRI(Responsible Research & Innovation :責任ある研究・イノベーション)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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