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【演説館】
中空 麻奈:サステナブルファイナンスとポストコロナの経済復興

2021/01/20

  • 中空 麻奈(なかぞら まな)

    BNPパリバ証券グローバルマーケット統括本部副会長・塾員

サステナブルファイナンスの重要度

2015年12月、パリで開催されたCOP21にて、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組みとしてパリ協定が採択されて以降、世界の流れは、SDGs(持続可能な開発目標)に進んでいる。2020年初からのコロナ禍がさらにその流れを後押しすることになったことは言うまでもない。

菅総理が「我が国は2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」と所信表明をした一方で、バイデン氏が米国新大統領に選出の見込となり、一気に環境・エネルギー問題に取り組むことになる様子がはっきりしてきた。前のめり気味だった欧州、米国との差を明確にするために欧州寄りの政策を取ってきた中国に、これまで二の足を踏んでいた日米が加勢することにより、SDGsへの世界の流れは間違いなく加速する。

そうした持続可能な社会を目指すには、サステナブルファイナンスによる資金の裏付けが重要である。

サステナブルファイナンス市場の拡大

2020年にサステナブルファイナンス市場が債券市場で急拡大した(図参照)。Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の各頭文字をとったESG投資にかかる資金調達の総称をサステナブルファイナンスとする。また、本稿では、SDGsとESGを厳密に区別せず、これら全体に向けての資金の流れをサステナブルファイナンスとして捉えている。

2020年の急拡大はコロナ債の発行による。これまではグリーンプロジェクトに対する資金調達手段グリーンボンドの発行が主であった。コロナ債はコロナウイルスに対する抗体を見つけるための資金だけでなく、コロナ問題で一時帰休を余儀なくされた雇用者に支払う資金もコロナ債で調達可能でったため、発行体にとって融通が効いた一方、コロナ債がソーシャルボンドに分類されたことで、社会向け投資手法を模索していた投資家のニーズにも合致した。

サステナブルファイナンス市場の拡大(2020年11月27日現在)
出典:ブルームバーグ、BNP パリバ証券 資料をもとに作成 拡大して表示

企業側の変化──開示の要請

2018年1月に公表された「サステナブル金融に関するハイレベル専門家グループ(HLEG)」の提言を受け、同3月に欧州委員会はサステナブル金融に関するアクションプランを公表した。このアクションプランの中には、タクソノミー(サステナブルの基準となるもの)やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)と平仄(ひょうそく)を合わせた非財務情報の開示等が含まれている。

TCFDは突き詰めればシナリオ分析をいかに実施するか、である。米国カリフォルニア州の電力会社PG&Eはすでに二度破産法申請に至っているが、初のESG関連デフォルトと呼ばれている。枯れ木の多い山を多く所有していれば、乾燥した木が擦れあい自然発火により山火事になるという連想は不可能なものではない。山火事の連想ができていれば、スプリンクラーを設置する距離を短くする、など対応も可能だったはずで、その意味で正確なシナリオ分析ができていなかったことによるデフォルト、という評価である。自らの事業に鑑み、本業における川上から川下までの潜在的リスクにどれだけ気づき、各シナリオに応じて対応できるか、想像力の発揮が重要になってきている。

投資家側の変化──投資価値の増大

ESG投資としてアプローチしやすいのは圧倒的に株式投資である。投資リターンの観点を中長期で見ると、株式投資は少なくとも長期リターンが得られる。短期にも、例えば石炭火力からの転換の方針を発表したり、サステナブル方針の進捗を公表すると株価が上昇する傾向が見られるようになっている。

一方債券投資の場合、当初はリターンが得られるか懐疑的であった。格付けがよい企業の発行する債券は相対的にスプレッド(利回りによる上乗せ)が乗らないため、ESGやSDGsに優れた企業の債券への投資は利益には直結し難い。ただし、サステナブルファイナンスへの資金の流れが強まり、ESG投資に与する投資家が増える中では需給が改善してきたことによって、債券におけるESG投資にもリターンの芽が出始めている。

発行市場において、同じ企業によるグリーンボンドと最も基本的な取引形態であるプレーンバニラの債券発行を比較すると、ESG色をつけた債券のスプレッドが相対的にタイトになってきた。当初発行しようとした債券価格に比較しても強い需要に押されて上乗せ幅が狭まる傾向が確認されており、これはグリーン発行のプレミアムが割り引かれたという意味でグリーニアムと呼ばれている。一方投資家側から見たメリットについては、まだすべての債券で確認できていないものの、ESGやグリーンボンドの累積リターンがそれ以外のものに比較して、優れているケースが一部出始めた。しかも、このコロナ禍の混乱期において、グリーンボンドの価格はそれ以外のものに比較して安定していたこともわかった。

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