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【演説館】
安冨潔:「日本版司法取引」の導入で刑事司法はどう変わる

2018/10/17

おわりに

協議・合意制度は、特定犯罪を対象として、首謀者の関与状況をはじめ、組織的な犯罪等の事案解明が困難な事件の真相解明のために、従来の供述獲得のやり方とは異なる方法での捜査・訴追のための供述証拠収集の手段として導入された。

もっとも、協議・合意制度は、反社会的勢力による組織犯罪の解明に資するだけでなく、企業犯罪の端緒を捜査機関が把握するうえでも有用なものとなろう。法人も被疑者・被告人となることがあるので、企業が関わる違法行為があった場合、企業は事実関係を把握して、刑事手続において合理的な対応をする必要がある。例えば、企業の役職員が贈賄、脱税や粉飾決算等の犯罪に加担した後、自らの刑事責任を免れるために、上司や同僚という「他人の犯罪」の捜査について捜査機関の捜査・訴追に協力したり、ある企業が法人処罰を免れるために他の企業の犯罪への関与の事実を捜査機関へ供述するようなことが起こり得よう。

これまでも、企業として不祥事の防止や不祥事発生時の早期対処に向けて、社員教育や内部通報制度の充実等に取り組んできてはいても、今後は、協議・合意制度が利用されることが増えることが考えられる。すなわち協議・合意制度は、積極的に捜査に協力する強い動機を与えることになるうえ、同じ企業内において、共犯者とされる役職員にとって、それぞれが「他人」であることから、当該犯罪の捜査・訴追に協力することで「他人の犯罪」への捜査・訴追に協力する利益を具体的に得ることができるというメリットがある。また、企業も両罰規定のある犯罪では処罰対象となるが、企業の役職員が特定犯罪で捜査の対象となった場合、企業自身が積極的に社内調査を行い、役職員に対する捜査・訴追に協力することで、企業として起訴されることを回避することも可能となろう。

冒頭で紹介した事案は、まさにこのような場合の先例と言える。

協議・合意制度は、一定の財政経済犯罪等を対象として、組織的な犯罪等の全容の解明に資する供述等を得ることを可能にするものであるが、「他人の刑事事件」について供述をするということから、巻き込みや責任転嫁といった虚偽供述の危険性が排除できないのではないかという懸念もある。これについては、協議の開始から合意の成立に至るまで常に弁護人が関与することとされ、合意をした者が捜査機関に対して虚偽の供述等をした場合には、処罰される仕組みが設けられている。しかし、その運用にあたっては、「他人の刑事事件」について供述をする者に、その供述を裏付ける証拠が十分にあるなど供述の信用性を認めるべき事情があるだけでなく、その供述者について検察官が処分の軽減等をしてもなお「他人の刑事事件」の捜査・公判への協力を得ることについて合理性があると認められる場合であるということが求められよう。

協議・合意制度が、今後慎重な運用によって新たな捜査手法として定着していくことが期待される。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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