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【演説館】
竹内伸一:「ケースメソッド」と向き合って

2018/07/19

  • 竹内 伸一(たけうち しんいち)

    名古屋商科大学ビジネススクール教授、同ケースメソッド研究所長・塾員

塾員諸兄姉はこれまでにどこかで「ケースメソッド」という言葉を聞いたことがあるだろうか。この問いに「ある」と答えてくれる人は、おそらく日本の成人の1割にも満たず、『三田評論』の読者といえども、聞き慣れない言葉なのではないだろうか。

ケースメソッドとは教育用語であり、ある教授法(平たく言えば「学ばせ方」)を表す言葉である。激動する現代社会にあって、教育はますます重要性を増している。それを受けて教授法も多様化するが、注目されては飽きられたりと、どれも短命の感がある。そんな中にあってケースメソッドは、絶賛されたり疑問視されたりを繰り返してはいるものの、社会からの根強い支持を受け続ける長寿の教授法と言える。

筆者はそんなケースメソッドともう15年以上向き合ってきたが、いま改めて、それと向き合う構えを新たにしている。本稿では、そんな筆者のケースメソッドへの「思いの丈」を語る。

ケースメソッドとは何か

限られた紙幅で、この小見出しに詳しく答えようとすると、本稿が「ケースメソッド入門」と化してしまうので、やめておこう。それでも書きおきたいことは、「ケースメソッドで学んだ記憶はあまりに鮮明で、いまでも心に深く刻まれている」と振り返っている学修者が少なくないことである。そして、そんな人たちの多くは、現在、社会の要職にいる。彼ら彼女らには、学修経歴上の一傾向として、ケースメソッドで学んだ過去があることが少なくない。

もう少し説明を加えておくならば、ケースメソッド教授法では教師が明示的に教えることを慎んでいる。学修者は「ケース」と呼ばれる冊子に描かれた問題状況を受け止め、どのように克服するかを仲間と徹底的に議論する。教師はその議論を支え、促し、深めるためにさらに問いかける。ケースメソッド授業の教室の様子は、ソクラテスの産婆術さながらである。

このように書けば言わずもがなであるが、この教授法は学生にとってもかなりタフなものであるが、教員側の負荷も学生の比でなく大きい。教員には「教えたいこと」が明確にあるにもかかわらず、それをストレートには教えずに、議論させて気づかせる。こうした「間怠(まだる)っこさ」が災いしてか、各分野の先端を走っているような研究者には、魅力視できる部分があまり多くない教授法に映っていることだろう。

日米のケースメソッド小史

この教授法はケースメソッド教育の祖国と言える米国にて1870年代に法曹教育で生まれ、1920年代以降の経営教育で発展した。その後、経営教育には欠かせない教授法として1950年代に海を渡り、東欧、南米、アジア、中近東へと広がった。慶應義塾はこのとき、わが国を代表してHBS(Harvard Business School)からこの教授法を受け取り、現在のKBS(Keio Business School:慶應義塾大学大学院経営管理研究科)の前身である慶應義塾大学ビジネス・スクールが日本におけるケースメソッド教育の先駆的実践校となった。ケースメソッド史のこの部分は塾員ならば知っておいてほしい。

率直に言って、ケースメソッド教育はわが国で広く普及したとは言えない。しかし、KBSの実践に関しては、妥協なく純粋に、全校レベルで、高度な教育を探求した歩みであったと世界に胸を張れるだろう。この間にケースメソッド教育を形式的に模倣した高等教育機関は数多くあったが、KBSほどにそれを深めた教育機関はつい最近まで現れなかったように思われる。

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