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【演説館】
ダヴィド・ゴギナシュヴィリ:ジョージアとはどんな国か

2018/05/01

独立後の混乱と「バラ革命」後の改革

ソ連崩壊後、アブハジアと南オセチアというジョージアの分離地方においてロシアとの軍事対立が生じ、トビリシでも内戦が勃発した。ロシアとの戦争及び内戦で混乱していたジョージアは経済的、政治的な危機状態に陥ると同時に、政府諸機関の完全な腐敗、高い犯罪発生率などの問題に直面した。筆者はその時代トビリシで生活しており、恐ろしさをこの目で目撃している。

2003年、ジョージアで起きた暴力の伴わない、所謂「バラ革命」の結果、欧米で教育を受けた新世代の政権が設立した。新政権はまず政府諸機関の根本的な改革を実施した。第1目標として汚職廃止の厳しい措置を執り、かつて汚職のシンボルとされていたジョージアは、汚職問題と戦う国の顕著な例となった。

同時に、内務省の8万5000人の職員のうちおよそ7万5000人が解雇され、新しい職員を訓練し雇用するまで、2〜3カ月の間は交通を監視する警察官さえいなかった。警察官の職歴のある人が新たに雇われることはなかった。新しい警察はより高いレベルの訓練を受け、パトカーや警察署などの装備も改善された。最終的に、内務省の職員の数は2万6000人にまで減少したが、給料が10倍以上上昇した。改革の結果、バラ革命の2年後、社会における警察の信用率は10%から70%まで上がり、犯罪率が急激に低下し始めた。

技術的発展が貧しく、天然資源にも恵まれていないFailed State(失敗国家)と呼ばれていたジョージアにとって、経済的発展を達成するための選択肢は限られていた。つまり、国内と外国の両方のビジネスにとって先例のない自由な環境を形成することであった。

ジョージアは、関税と並び、税金や官僚制など、ビジネスを妨害するあらゆる問題解決の面で著しく成功した。世界銀行の統計によると、ビジネスしやすい環境を形成させたという点で、ジョージアは数年間で122位から15位まで躍進し、ベルギー、スイス、オランダなどの国々を追い越した。現在は9位を占めている。

法の支配、腐敗レベルの低下、市場の自由化などの政策が実施されたことで外国からの直接投資(FDI)は爆発的に増加した。革命の3年後、FDIは5倍に増し、とりわけサービス(観光)、エネルギー、農業の分野は顕著に発展した。かつて、エネルギーの輸入国であったジョージアは今、電力をロシアに輸出するに至っている。

この驚異的な経済発展を成し遂げ、欧米との関係が緊密化するにつれ、ロシアとの関係がさらに悪化した。2006年にロシアによる経済制裁があったが、その翌年にジョージアの経済成長率が12%まで上昇した。これらの発展のダイナミズムは、2008年に勃発したグルジア・ロシア戦争と、それに重なった金融危機のためにとん挫した。しかし、国際社会からの援助、戦前から継続された改革の促進によって、マイナスを示していた国内総生産の成長率は再びプラスに転じた。

現在、ジョージアは自由民主主義の国家として欧米の国際機関への加盟を目指し、あらゆる経済分野の発展を促進している。農業や工業の開発と同時に、教育、とりわけITなどの技術分野の人材育成に投資している。また豊かな歴史や文化や自然、ユニークな食文化やワイン(ジョージアワイン製法の歴史が8000年前まで遡り、世界無形遺産として承認されている)、そして治安の良さで、多くの旅人を魅了する観光大国となっている。2017年にジョージアを訪れた旅行者数は、同国の人口をはるかに上回る700万人を突破した。

日本との関係

日本とジョージアが初めて接したのは、帝政ロシア時代である。在ロシア帝国の日本領事館の1つは黒海海岸のバトゥミというジョージアの町に置かれた。20世紀初頭には、ジョージアの反露活動で日本とジョージアが協力するという出来事があった。当時、ロシア帝国と敵対していた日本とジョージアの利害が一致していたため、ヨーロッパから武器を密輸しようとしていたジョージア人独立運動団体を日本が金銭的に支援していたという史料が残っている。1918-1921年の独立時代にも日本がジョージアを事実上・法令上承認しており、友好な関係が結ばれていた。

1991年の独立回復後に起きた危機では、日本が援助国として登場し、特に90年代後半から日本はジョージアにおける最大のドナー国の1つとなっている。貿易の面で、日本から自動車、パーツやタイヤなどが輸入されているのに対し、ジョージアから日本にワイン、ミネラルウォーター、蜂蜜、キウイなどが輸出されている。また、ジョージアは、海に面していないアルメニアとアゼルバイジャン、そして中央アジアや北コーカサスの1部のためにも、日本と貿易するための便利なルートを提供している。

貿易統計上の数字は毎年上昇しているが、両国間の経済関係は未だ極めて浅く、投資関係、貿易・物流、民間セクター同士の協力の面で、開発の余地が大いにあるといえる。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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