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【演説館】
保坂修司:いまサウジアラビアで何が起こっているのか

2018/03/01

カタル危機

さらに錯綜しているのが、カタルとの関係だ。カタルはサウジアラビアと同じGCCの一員であり、同盟国である。ところが、サウジアラビア、UAEなど4カ国が昨年6月、突如カタルと断交してしまったのである。理由はカタルがムスリム同胞団など「テロ組織」を支援、イランと接近し、衛星放送ジャジーラを使って周辺国を攻撃しているとかいわれているが、はっきりしたことはわからない。

いずれにせよ、サウジからみると、カタル危機は取るに足らない問題であり、今のところ店晒し状態である。しかし、サウジアラビアとUAEから石油の6割以上を輸入し、カタルから天然ガスの2割近くを輸入している日本からみれば、両者の対立は頭が痛い。河野外相が積極的に仲介の労を取ろうとしているが、解決の兆しはみえていない。

国内の動き

サウジアラビアは、石油を輸出して得た収入が歳入の大半を占める、いわゆる「レンティア国家」である。莫大な石油収入を基盤に、サウジ人の多くは高給の公務員や国営企業職員であり、ガソリンなど燃料費や基礎的な食糧品には多額の補助金がつけられ、公立学校は小学校から大学まで無料である。それ以外のさまざまな政府サービスも無料か安価に提供される。

それもこれも石油があればこそ。石油が枯渇すれば、さしたる産業のないこの国は一気に破綻してしまう。また、歳入が油価に左右されるため、油価が下がれば、たちまち財政赤字だ。しかも、近年は、シェールなどのライバルが登場、さらにCO2を排出する石油は地球温暖化でただでさえ評判が悪い。先進国を中心にEVシフトが進んでおり、石油枯渇のまえに、石油が使われなくなるかもしれないのである。

何年か前、石油ピーク論が業界で話題になったが、これはあくまで供給のピークへの懸念だった。いま問題になっているのは需要のピークである。石油時代は、地下に大量の石油を残したまま終焉を迎えようとしているのだ。

しかも、サウジアラビアは人口増という時限爆弾を抱えている。人口が増加し、国内のエネルギー消費が拡大すれば、輸出に回す石油が目減りしてしまう。このままのペースで人口が増加していくと、2038年にはサウジは石油輸入国に転落するといった試算まである。しかも、油価が下がって歳出減となれば、若年層の雇用が縮小するのは必定。石油依存からの脱却はもはや待ったなしなのだ。

サウジ・ビジョン2030

こうした認識を踏まえ、MbSは2015年、新しい社会経済改革プロジェクト「サウジ・ビジョン2030」を発表した(以下SVと略)。

SVはその名のとおり2030年をターゲットにしているが、失業率を下げ、女性の就業率を上げるとか、GDPに占める民間部門の比率を上げ、非石油収入を大幅に拡大するなど具体的な数字を挙げて目標を設定しているところに本気度がうかがえる。

石油に依存しないふつうの国になることを目指してはいるが、ぬるま湯体質に慣れたサウジ人をいきなりジャングルに放り出すわけにもいかず、とりあえずは「投資立国」になるという目標が掲げられている。ただ、そのためには資金が必要であり、その調達のため、サウジアラムコを上場する計画を明らかにしている。上場されるのは全株式のわずか5%だそうだが、それでも総額1000億ドルになるといった景気のいい数字が躍っている。

しかし、国家の根幹たる石油に外国資本が入ることには宗教的にも感情的にもアレルギーが強い。実際、SVには、サウジアラビアの伝統的な価値観と相容れない「改革」も多数含まれている。

ただでさえ、多数の年長の王子たちを飛び越え次期国王の地位に躍進したMbSには、反発する王族も少なくない。彼の政策に不満をもつものも相当数存在するだろう。現時点ではMbSはそうした潜在的な反対勢力を逮捕・拘留するなど力ずくで封じ込めている。王族だけではない。MbSは、SV実現のため、娯楽分野への投資を拡大し、女性の権利拡大を積極的に進めている。アニメやマンガの祭典(コミコン)を開催したり、コンサートを開いたり、女性の自動車運転を解禁したり、女性がスポーツの試合をスタジアムで見学するのを許したりなどである。こんな当たり前のことが、許されていなかったこと自体、大半の人にとっては驚きであろう。だが、この国では保守的宗教層が独自のイスラーム解釈で、事実上これらを禁止してきたのだ。

MbSの文化開放政策は、若い層の圧倒的な支持もあり、今のところ保守層の反撃を抑え込んでいる。しかし、イエメン情勢が悪化したり、SVによる構造改革がうまくいかなかった場合には、MbSへの批判が強まってくるだろう。しかし、その改革が頓挫すれば、サウジアラビアという国の存続すら危うくなるのである。石油をサウジアラビアに頼る日本にとっても、この国の混乱は他人事ではない。


※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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