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【Researcher's Eye】
石川 志麻:校舎内で感じた看護専門性

2026/02/24

  • 石川 志麻(いしかわ しま)

    慶應義塾大学看護医療学部専任講師
    専門分野/地域看護学、公衆衛生看護学

この原稿依頼をいただき、パッと思い浮かんだのが本学部の鈴木美穂先生が寄せた「美容室での会話から雑考」(2024年6月号)だった。美容師の巧みなコミュニケーション術について書かれていて、深く頷きながら自分が通っている美容院に思いを馳せた。私は看護を生業としているが、人づきあいが得意ではなく、美容院は20年以上同じところでお世話になっている。別の美容院に行くと考えるだけで緊張するし、どのようにカットしてほしいのか言語化する必要があると思うと億劫になってしまう。私の髪を切ってくれる美容師も、コミュニケーション術に長けている。薄毛にも効果があるという美容器具購入を勧められたことを話すと、鼻で笑いながら「そんな器具があったら、世の中から薄毛の人がいなくなっているはず」と言い、親との同居は「『忍』の1文字。隣人を愛せよ、です」と言い切る。私のアレコレにズバリと忖度のない言葉をくれる。もさっとした髪がスッキリし、モヤッとしたことも一刀両断してくれて(そして効果のない美容器具購入の危機も免れて)助かっている。美容のプロであるだけでなく、人生の師でもある。

鈴木先生は私が言及することを笑顔でご快諾くださった。看護の先生方はとても親切だ。以前ギックリ腰になってしまい、ヨロヨロと歩いていたら、あっという間に複数の先生が飛んできてくださった。手押し車を調達してくださった先生、なぜかご自身が巻いていたコルセットを「人肌になっているけど、いいよね?」と言って私に巻いてくださった先生、帰宅時に駐車場まで付き添ってくださった先生。瞬時に必要なことを判断し、手分けして私の状態に合った対応をしてくださった。さらに、しばらくギックリが続くであろうことを予見し、各所に連絡までしてくれていた。看護学を学んだ者の専門性は、ケガや病気の手当ができるだけでなく、現在の状況からその先の生活に必要となることを予見し、本人が自分で対処できるように支援できるところだ。耳に障ることを伝えなければならない時もあり、対象が自分でも頑張ってみよう、と思えるように働きかけることは簡単ではない。

ギックリ腰になった時、先生方が私という個人を看て、今・これから必要なことを判断し、まさに看護の神髄を体験させてくださったことに今でも感謝しています。

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