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【講演録】福澤諭吉先生と津田梅子──職域接種への感謝を込めて

2023/03/15

福澤と津田の教育理念

慶應義塾の公式ウェブサイトから、建学の精神のキーワードのいくつかを確認してみましょう。福澤先生は義塾という言葉に、「英語の❝パフリック・スクール❞を参考に、この言葉に新しい知識のための学塾という意味を込めました」と公式ウェブサイトでは説明されています。

また、慶應義塾の独立自尊という基本精神は、「心身の独立を全うし、自らのその身を尊重して人たるの品位を辱めざるもの、之を独立自尊の人と云う」(「修身要領」)。「自他の尊厳を守り、何事も自分の判断・責任のもとに行うことを意味する」とあります。それから、「気品の泉源」という教育目標も掲げられています。これは福澤先生が学問を習得していく過程で、「智徳」とともに「気品」を重視し、「人格を備えた社会の先導者となること」と説明されています。

津田梅子の教育理念で重要なポイントは、女性も自立し、インディペンデントであれ、オールラウンド・ウィメン(all-round women)であれという教えです。梅子は当時、旧制高等学校にも大学にも門戸が開かれていなかった女性のために、リベラルアーツ教育と併せて高度な専門教育も提供し、高等女学校の教員資格を女性も取得することで、経済的な自立、そして知的、精神的な独立を獲得し、品位ある人生を歩めるようにしました。

さて、梅子の人生には大きな転機がいくつもありましたが、どの分岐点においても「海を渡る」という、当時としては極めて稀有な、意義深い経験がありました。福澤先生にとっても、人生の大きな分岐点に「海を渡る」、そういうご経験があったのではないでしょうか。

実は、梅子の声はレコードに録音されています。福澤先生の声は、残念ながら記録されていないと先ほど福澤研究センターの方から伺いましたが、梅子の方が若いですから、録音されたレコードが残っています。

女子英学塾で学んだ大正2(1913)年の卒業生18名に贈る言葉がレコードに録音されているのです。そのスピーチも、実は学校からの卒業を船の進水にたとえたものでした。いくつものスピーチを行ってきた梅子が、これを録音することに選んだのは、恐らくこの式辞が卒業生に寄せる彼女の期待や希望を表しているだけではなくて、梅子自身の生き方をも表しているからではないかと思います。

当時、社会で女性の活動が許容される範囲が極めて制限された時代にあって、梅子は「真理」と「愛」と「献身」という「灯台の光」を頼りに、船を進めていくのだ、と話しています。そして、女性の愛や献身の場が、家庭という領域に限られていることを指摘して、社会のもっと多くの人々に貢献するよう、学生たちに促しています。この点は、大変注目に値すると思います。そして、穏やかにではありますが、家庭の場を超えて女性が社会に影響を与えるような、新しい役割を果たすことへの期待感を表しています。

当時、家庭内での女性の役割は、本能のように言われていましたが、それがいかに狭いものに陥る傾向があるかという点に警鐘を鳴らしていました。この時点において、すでに女性による広く、深く、着実な社会参画、そして社会貢献について梅子は広い射程を想定し、学生たちに呼び掛け、期待していたのでした。女性が1人の個人として、困難や問題に立ち向かう気概を示唆している点にも注目したいと思います。

梅子は言います。「一人ひとりのこれからの人生で、みなさんは自分だけで立ち向かわなくてはならないそれぞれの困難や問題に出合うことと思います」。この言葉には、約11年間の米国留学から帰国した後、孤独や葛藤に打ちのめされながらも独自の道を切り開き、私塾を開設するという夢の実現を手繰り寄せてきた、梅子自身の実感がにじみ出ています。さらに、多くを得た者は、社会にそれを還元しなくてはならないという気品を重んじるノブレス・オブリージュの考え方、そしてキリスト教精神とも言える思想を基盤として梅子は言います。「人生を無為にせず、広く社会に働きかけることのできる、有為な人になれ」。つまり社会に参画し、社会に貢献するようにと、卒業していく学生たちに熱く訴えていたということです。

音としても残された式辞の声には、女性に参政権がなかった時代であったにもかかわらず、「女性も市民として責任ある役割を果たす自立した個人であれ」という梅子の理想が語られていました。世界を進んでいく船のかじ取りに、一人一人が責任を持って、有為な航路を見出すのだと主張していたのです。この考え方は福澤先生の「独立自尊」、「気品の泉源」と共鳴し合う教育理念、建学の精神ではないかと思います。

「海を渡れ」というメッセージ

翻って、現代の日本はどうでしょう。21世紀においても、とりわけジェンダーギャップの観点で、世界の中で日本は低迷していると言わねばなりません。アジアに限って比較しても、日本はリーダーではなく、フォロワーになっているのが現状です。日本の政治や経済活動において、そして大学等の高等教育機関において、意思決定層に日本の女性の参画が難しく、その割合が著しく低いのはなぜなのでしょうか。

私立大学で言えば学長、副学長、学部長、研究科長、研究所長、センター長、事務局長、部長、課長、さらに法人組織で言えば理事長、理事、評議員、監事等での女性割合はどのようになっていますでしょうか。決して芳しくないこのような状況を、福澤先生や津田梅子がご存命であるならば、何とおっしゃるでしょうか。そして、どのような対策あるいは改革が必要であると訴えられるでしょうか。

ジェンダー平等やフェアな社会の実現のために、福澤先生と梅子が共通して助言されそうなことは、「海を渡れ」ではないかと思います。日本のこの閉塞状態を打ち破るために、若い時代に海を渡って、広い世界を経験してくるようにとおっしゃるのではないかと思うのです。「海を渡る」経験があったことが、この2人のパイオニアとしての共通の知的基盤だったのではないでしょうか。

福澤先生も梅子も、違った世界で異なる言語や文化、思想、文明を吸収し、獲得することで日本の岩盤を切り崩し、それぞれの領域でパイオニアとして尽力し、貢献しました。だからこそ、今の日本をご覧になったら、福澤先生はきっと若い世代に向かって、まずは若いうちに広い世界に向かって「海を渡れ」と声を掛けられると思います。「海を渡る」ことには困難やリスクが伴うかもしれませんが、必ずや新たな地平や風景が見えるから、経験してきなさい、とアドバイスされるのではないかと思います。

その意味で、冒頭でご紹介した職域接種について、困難な状況下にもかかわらず「海を渡る」ことを切望していた津田塾の学生へ、極めて早くワクチン接種を提供し、海外渡航を先導してくださった慶應義塾社中の皆さまのご厚志に、再度深く厚く感謝して、私の話を結びます。ご清聴ありがとうございました。

(本稿は、2023年1月10日に三田キャンパス西校舎ホールで行われた第188回福澤先生誕生記念会での記念講演をもとに構成したものです。)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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