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【鶴岡タウンキャンパス開設20年】福澤スピリットで結実した学問による地方創生

2021/04/07

先端生命科学研究所バイオラボ棟
  • 冨田 勝(とみた まさる)

    慶應義塾大学先端生命科学研究所長

「なぜ鶴岡に慶應が?」

まず、カラー口絵をご覧ください。20年前、田んぼしかなかった場所が、今では多くのベンチャー企業やホテルまで並ぶ、屈指のサイエンスパークに発展した。その広さは21・5ヘクタールで、日吉キャンパスや湘南藤沢キャンパスの面積の約3分の2に匹敵する。

慶應鶴岡発ベンチャーは今までに7社(表1)。そのうちのHMT社は東証マザーズに上場し、鶴岡市で唯一の上場企業となった。人工タンパク質素材のSpiber社は「世界の革新的スタートアップ100社」(Disrupt 100)という英国のサイトで、シリコンバレーのベンチャーを抑えて世界第1位にランクされ、未上場ながら時価総額1143億円(2020年12月)となり世界中から注目されている。慶應および関連企業が生み出した新規雇用は約670人で、家族も含めると、その定住人口は鶴岡市総人口の約1%にあたり、その経済波及効果は市のHPによれば毎年約30億円である。

2017年6月、Forbes Japan誌の「日本を面白くするイノベーティブシティ・ランキング」で、鶴岡市が福岡市などに次いで全国第3位にランクされ、2018年9月、Newsweek 誌日本版に「ベンチャーで地方創生、山形の“鶴岡モデル成功の理由」という特集記事が掲載された。「情熱大陸」「ガイアの夜明け」などのドキュメンタリー番組でも次々と鶴岡の技術が取り上げられている。

国会においても2017年11月、安倍総理大臣(当時)が地方創生の成功事例として、「山形県鶴岡市の慶應大学先端生命科学研究所では、国内外から若い研究者が集まるようになり、世界トップレベルの新しいベンチャー企業が次々と生まれ、地元経済に大きな活力を生み出しています」といった主旨の答弁をする場面があった。

「鶴岡で何が起きているのか?」歴代4人の地方創生担当大臣をはじめ、多くの国会議員や行政機関がかわるがわる視察に訪れるようになり、政府官邸国際広報HPや小冊子にも日本の地方の先進事例として紹介された。

表1 慶應鶴岡発ベンチャー企業の従業員数と資本金等

「国を支えて国を頼らず」

国に成功事例として評価されたことは有り難いことではあるが、一方で鶴岡市は国の重点戦略地域に選定されていない。日本政府はかねてより地方創生のために全国40数カ所を「地域イノベーション戦略地域」として大規模な財政支援を行ってきたが、鶴岡市は今まで一度も選定されたことがない。

そんな鶴岡を開花させたのは、長期的ビジョンに基づく地元自治体(山形県と鶴岡市)と慶應義塾の強固な信頼関係だ。人口減少に歯止めがかからずこのままでは消滅可能性すら危惧されている鶴岡市を、学問・サイエンスで創生・発展させ、日本の地方都市の成功モデルとするという大目標を掲げ、慶應義塾はその中核機関として、世界的な研究成果による学術文化の向上、独創的な人材の育成、そしてベンチャー企業による新産業の創出および集積、という使命を背負ってきた。

こうした大目標を実現するには少なくとも30年は必要である。よって現役世代の活躍に加えて、次世代を担う独創的な人材の育成が、地方創生の本質だと考えている。

「学校は人に物を教うる所にあらず」

福澤は「文明教育論」の中でこう述べ、教育で重要なのは「指導」することではなく、自ら学び才能を伸ばすための「環境」を整えることだと主張している。慶應鶴岡ではこの福澤精神に則り、面白い教育プログラムを数多く実施してきた(表2)。

例えば「特別研究生」は地元高校生を研究所に受け入れて、自由研究を応援する制度である。これには重要な受け入れ条件がある。「AO入試または推薦入試で大学に進学する気概と勇気を持っていること」。つまり受験勉強をしないという条件である。自由研究に打ち込み、その成果をアピールして第1志望から第4志望まですべてAO入試(または自己推薦入試)で大学進学を目指してもらっている。

一方「高校生研究助手」は、地元の高校生を平日の放課後毎日、アシスタントとして雇用する制度(有給)である。最先端の研究所においても高校生にできる仕事は沢山あり、それを高校生にやってもらうことはお互いにメリットがある。そして優秀な高校生にはより高度な仕事を任せることで更なる成長が期待できる。

こうした脱偏差値の人材育成プログラムは実を結びつつある。高校時代に研究助手だった松田りら君は、その業績をアピールしてAO入試でSFCに入学し、大学院に進学して、現在はHMT社の研究員として地元鶴岡で勤務している。鶴岡を舞台にした人材育成のエコシステムが廻り始めた。

最近では東京の大手企業も鶴岡の人材育成環境に強い関心を示しており、現在5社と包括連携協定を結び、社会人を大学院生として受け入れている(表3)。その多くは文系学部出身で30歳代の総合職であるが、ゲノム解析などの最先端のバイオ実験実習を大学生とともに受講し、鶴岡市をフィールドに健康長寿社会を目指して様々なプロジェクトを自ら展開して、異分野融合の革新的人材を目指している。大手企業にとってイノベーティブな将来の幹部育成は重要な問題であり、“鶴岡マジックへの期待は大きい。

表2 先端生命科学研究所の教育プログラム
表3 包括連携企業の社会人大学院生数(鶴岡在住)
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