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八十数年越しの展示計画──福澤諭吉記念慶應義塾史展示館開設へ

2020/09/03

展示の方針

このような発想で企画しているので、これからできる展示館は、福澤万歳や慶應義塾万歳を叫ぶものではない。受験生の目になじむ輝かしい現在の義塾を描くものでもない。受験案内のような内容は入れない。忘れられつつある歴史を丁寧に引っ張り出して、改めて多くの人の目に触れる機会を作ろうという意図で準備を進めている。

そして、塾内外のできるだけ多様な人に見てもらえる施設にしたい。内輪にだけ通じる合い言葉のように福澤や慶應義塾を語るために、なにもこの狭い三田キャンパスの貴重な空間を割くことはない。開くからには、外国人や小中学生なども念頭に、あわよくば観光スポットにしたい。といっても多様な来場者に媚びず、むしろ小中学生には背伸びを促し、広く知的好奇心の種を蒔くような施設としたい。塾生・塾員にも、もちろん興味深く見学してもらえるであろう。これは、慶應出身者が何となく共有していると感じているこの学校のカラー(「塾風」という言葉まである)を「見える化」する試みでもある。展示を通して、改めて自らの学生時代を時間軸上で意識し、なにがしかの発見をえてもらえたらと考えている。

展示構成は、1835年の福澤の誕生から始まり、2020年現在の義塾に至る。章立ては下記の4章立てになっている。

颯々の章  福澤諭吉の出発
智勇の章  文明の創造と学問の力
独立自尊の章  私立の矜持と苦悩
人間交際の章  男女・家族・義塾・社会

企画展示室もあり、年に数回、福澤・塾史に関連した特別展も開催する。

展示内容は何度来ても発見があるように工夫している。また、特にモノ(実物資料)の面白さを感じてもらうことを大事にしたい。

展示手法は別途準備が進んでいる前述のKeMCo のデジ・アナ融合と異なり、極めてオーソドックスな解説文と展示物による構成で、真新しさはないかもしれない。ただ、特に義塾社中(単に塾員という意味ではなく、もっと広い意味での)の人の連なりは、アナログでは表現しきれないと判断し、多様な顔ぶれをわき出るように表現する独自アプリを開発して大型ディスプレイで来場者が自由に見られるようにする予定である。

塾史から「世界の平和」へ!?

現在大学を取り巻く環境は厳しい。ただでさえ世界の中で日本の高等教育機関の埋没が危惧される中、コロナ・ショックである。「場」がすべてとはいわないまでもかなりのウェイトを占める大学が「場」を失って、その意義を見つめ直さねばならない事態を迎えている。

この社会において教育とは何なのか、学問の役割とは何なのか。それを慶應義塾の歴史は語れるのではないか。コロナ後を目してこの展示館が、塾内のみならず社会的な位置を占められるようにしたいと思う。

そこで冒頭の一文を思い出して欲しい。慶應義塾の興廃は、「世界の平和」に直結するという無邪気でおおらかで、だが実は過激でえぐるような慶應の知的伝統のギラギラした野心は、思い出されるべきである。展示内容を具体的に紹介するつもりであったが紙幅も尽きたので、ただ、乞うご期待、といって結びとする。

塾史展示館の完成予想図

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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