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慶應義塾大学病院における新型コロナウイルス感染症への取り組み

2020/07/09

入院前PCR検査の導入

4月6日からは、COVID─19以外の疾患で当院への入院予定のすべての患者さんを対象としたスクリーニングPCR検査を全国の病院に先駆けて開始しました。4月第3週には全く無症状の入院前患者さん67人中5人が陽性となり、社会的にも大きな反響を呼びました。5月に入ってからは570人中陽性者はなく、4、5月のスクリーニングPCR検査陽性率は0.85%(828分の7)になりました。この数字は、現在行われている抗体検査のデータから推察される首都圏の感染率とほぼ一致しています。やはり4月中旬が東京都の感染拡大のピークであったことがこの数字からも推察されます。

当院における院内感染の発端となった転院患者さんは転院時全くの無症状であり、発症までの数日の間に院内感染が起こっていました。発症する2日前から発症直後が最も感染性が高いという研究報告もあります。全く無症状の感染者に腹腔鏡手術や内視鏡などエアロゾルが発生する処置を行った場合、大きな感染リスクがあると同時に患者さん本人に重篤な症状が出現する可能性も否定できません。入院前スクリーニングPCR検査は、患者さん、医療者を守るためには現在の首都圏では必要な検査であると考えています。

診療機能の回復と未来に向けた歩み

徹底的な接触者調査と待機、PCR検査により院内感染の収束を4月21日の当院ホームページ上で報告することができました。現在も少しでも症状のある教職員は全てPCR検査を行い、教職員については症状の消失及びPCR陰性を確認して業務復帰を許可しています。腫瘍センター、免疫統括医療センター、血液浄化・透析センター、臓器移植センターなど、免疫抑制状態にある患者さんを診療する医療従事者についてもPCR検査を実施し、一旦すべての陰性を確認しました。医療従事者も一般市民として社会生活を送る中で、市中で感染する危険をゼロにすることは困難です。標準的予防策、手指衛生の徹底、連日の検温、体調不良者へのPCR検査などにより、院内での感染拡大を防ぐ体制を整えました。

こうした体制を整えて5月7日より、段階的に診療機能を回復することといたしました。

病院機能の回復に際して、今までと同じような体制、やり方で元どおりの日常を取り戻すことは難しいと考えています。1日3,500〜4,000人もの外来患者さんを安全に診療することは感染対策上困難です。今後はAIホスピタルモデル病院として様々なセンシング技術、精緻な画像技術・通信技術を駆使して、質の高い遠隔診療も含めて「新しい形で患者さんと触れ合う」医療を模索することが必要です。また、感染症という永遠の敵と闘うために、新しい概念の予防医療、公衆衛生のあり方も問われています。我々慶應義塾に学んだ者は、激変する時代の中で次の社会を作り出す「先導者」としての使命を負っています。緊急事態宣言のもと「最小限」とすることを強いられてきた「教育」「研究」こそが未来への原動力となることは言うまでもありません。

終わりに

3月末の院内感染の発生以来、非常に過酷な時が経過しましたが、それでもなお前を向いて進んで来られたのは、最前線で緊張を強いられながら診療を続ける現場の医療者、それを支えるすべての教職員の皆様の献身的な姿、そして物心ともに大きな支援をくださる義塾社中の皆様、多くの患者さんや支援者の皆様の支えのおかげです。19世紀末、のちに初代医学部長、病院長となる北里柴三郎博士が香港で流行したペストに立ち向かった時の過酷さを思えば、様々な科学技術と皆様の支えがあることに我々は感謝しなければなりません。この厳しい体験を糧として、世界に冠たる医学府としての復興を目指して全身全霊で取り組んで参ります。引き続きご支援ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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