三田評論ONLINE

【その他】
慶應義塾大学病院における新型コロナウイルス感染症への取り組み

2020/07/09

初期臨床研修医の集団感染

さらに深刻な事態が発生しました。3月31日、保健管理センターから初期臨床研修医数名が熱発したことが報告され、うち1名が同日夕刻PCR陽性であることが判明しました。国および東京都から大人数の会食等の自粛要請が発信され、当院でも教職員の会食等への自粛要請を行っていたにもかかわらず、3月26日に初期臨床研修医の一部が非公式の食事会を強行し、研修医に集団感染が発生したことが判明しました。医学部・病院は、例年行っている初期臨床研修修了式、懇親会の中止を1カ月以上前に決定し、周知していたにもかかわらず、この食事会が強行されていたことは残念でなりません。初期臨床研修医に、社会人としての最低限の倫理教育を徹底できていなかったことを痛感しています。多くの研修医は、翌4月1日から新任地に赴任することになっていました。危険性のある集団はすべて一旦待機させる鉄則に立ち返る決断をしました。当院初期臨床研修医99名全員は、初回PCR陰性であっても14日間の待機を命じ、さらに教職員全員の学外での業務(新任地への赴任、外勤を含む)を一旦停止しました。

最終的に、研修医の濃厚接触者全員に接触者対応調査を行った結果、このクラスターから研修医以外の医療従事者や患者さんへの感染拡大がないことが確認されました。接触者も含めて全員のPCR検査の結果が判明した4月6日にホームページでこの事実を公表し、入院中ならびに外来受診した患者さんにも文書でこの事態をお知らせし、お詫びしました。研修医集団から患者さんや他の医療施設への感染拡大を起こさずに済んだことは唯一の救いでした。

感染爆発に備えた診療体制の整備

院内の感染拡大を防ぎながら、迫り来る首都圏の感染爆発に備えて診療体制を整えました。各診療部門人員を可能な限り複数のチームに再編成し、診療機能を維持するために必要なチーム以外は待機し、一定期間の交代で勤務する体制を取りました。また、特定機能病院、大学病院が重症患者を分担して受け入れる体制が東京都の指導で開始され、当院でも積極的に重症者、中等症者の受け入れを行う体制を整えるために、マンパワー、スペースを確保する目的で段階的に複数の病棟を閉鎖しました。

院内感染発生以来、その都度ホームページに情報を公開し、行政にも連日詳細なデータを報告していましたが、すべての教職員、関連病院の皆様に正確に状況を伝え続けることが重要であると考えました。また、必要に応じて病院長からの全教職員へのビデオメッセージを配信することとしました。状況を共有することで教職員との結束と信頼関係が生まれることを実感しました。

COVID─19治療・研究への取り組み

3月最終週からは市中感染が急速に拡大し、当院にも重症、中等症の患者さんが多数搬送されました。情報を共有しながら、重症者の救命、中等症者の重症化防止に努めるため、複数診療科からなるCOVID─19救命チームを結成しました。病院長補佐である呼吸器内科福永興壱教授がチームリーダーとなり、重症者は佐々木淳一教授が率いる救急科、森崎浩教授が率いる麻酔科・集中治療チーム、内科、外科で、中等症者は呼吸器内科を中心とする内科チームに基礎疾患を診療する担当科で、軽症者はその他多くの診療科から医師を集めてチームを構成して診療することとしました。竹内勤常任理事も、免疫・炎症のエキスパートとして自ら診療に加わってくださっていました。

COVID─19感染患者さんとそのご家族、最前線で働く医療者の心のケアも重要な課題です。多角的なストレスマネージメントを行う「心のケアチーム」が精神・神経科三村將教授を中心に発足しました。また、天谷雅行医学部長、佐谷秀行臨床研究推進センター長を中心に、基礎研究者が臨床応用のためのCOVID─19研究を多角的に推進する「慶應ドンネルプロジェクト」が発足しました。これは初代病院長、医学部長である北里柴三郎博士のニックネーム(ドンネル:雷)に由来する基礎・臨床部門の精鋭部隊による横断的な研究プロジェクトの総称です。COVID─19に関する多数の観察研究、特定臨床研究、治験を安全かつ迅速に実施するために臨床研究推進センターを中心にCOVID─19治験・臨床研究タスクフォースが発足し、支援を開始してくださいました。また、複数の研究を統合する慶應COVID─19レジストリも発足し、将来多くの研究成果を生み出すデータベースとして期待されます。

金井隆典教授、福永興壱教授らは日本人に重症例・死亡例が少ないことに着眼した全国規模のホストゲノム解析研究を立ち上げ、社会的にも注目されています。武林亨教授率いる疫学調査チームは、感染制御部の院内感染制御活動に専門的なアドバイスを行い、分子生物学塩見春彦教授、臨床遺伝学小崎健次郎教授らのウイルス遺伝子解析チームがこれを科学的に裏付ける研究を開始して興味深い成果を上げています。感染制御部長谷川直樹教授、臨床検査科村田満教授らによる新しい血清診断法の検証、輸血・細胞療法センター田野崎隆二教授らによる血漿療法の開発、各種の薬剤の治験、臨床研究などが急ピッチに開始されました。まさにオール慶應体制で、「基礎・臨床が一家族のごとく」の北里精神が、病院開設100年目に遭遇した最大の危機において大きな力を発揮しています。本当に頼もしくありがたいことです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事