三田評論ONLINE

【その他】
慶應義塾大学病院における新型コロナウイルス感染症への取り組み

2020/07/09

  • 北川 雄光 (きたがわ ゆうこう)

    慶應義塾大学病院長

はじめに

2020年、開院100周年の記念すべき年に、当院は新型コロナウイルス(COVID─19)感染症という未曾有の危機に直面しました。当院における院内感染、初期臨床研修医の集団感染により、患者の皆様はもとより慶應義塾社中の皆様にも大変なご心配をおかけいたしましたこと、病院長として深くお詫び申し上げます。それにもかかわらず、皆様からは、多大なるご支援、激励をいただいておりますことを厚く御礼を申し上げます。現在(6月15日)もなお予断を許さない状況が続いておりますが、これまでの経過と今後の取り組みについてご報告申し上げます。

流行期へ向けた準備

当院は感染症診療協力医療機関として2020年2月13日にクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号から軽症患者さんを受け入れました。2月17日より大学病院対策本部を立ち上げ、発熱者トリアージを行う場所として、既に閉鎖していたエリアを再整備し、複数診療科による当番体制で取り組む準備を開始しました。また、流行期に備えてCOVID─19専用エリアを確保し、2月27日には、COVID─19に対するPCR検査システムを構築しました。市中肺炎症例の緊急入院はすべて個室入院とし、PCR検査を行いながら水際対策をとっていました。3月9日以降は教職員の国外渡航を禁止、3月18日以降は地域を問わず海外からの帰国者はすべて14日間の信濃町キャンパス立ち入りを禁止とし厳戒態勢をとりました。

2018年5月の新病棟一号館開設以来、皆様のご協力で病院運営は順調でした。病院教職員が一丸となって高稼働、高回転の運営が維持され一般病床の稼働率は97%に達していました。ここ数カ月は入院・外来ともに毎月のように過去最高の稼働額を記録していました。2月に入り、COVID─19感染拡大の影響で外来患者数、初診患者数が減少傾向でしたが、稼働額は対前年比で増加している状況が続いていました。流行期に備えて、COVID─19専用エリアにおける病床、マンパワーを確保しながらも診療機能は概ね維持されていました。こうしてCOVID─19感染患者さんの診療をしっかり行いつつも当院が特定機能病院として果たすべき高度な医療を提供し続けられる体制を整えていましたが、今思い起こすとこれは嵐の前の静けさでした。

院内感染発生

3月23日夜、他病院に外勤医として勤務している医師から、当該病院でCOVID─19の深刻な院内感染が発生しているらしいという非公式な情報が感染制御部に寄せられました。緊急に調査したところ、3月19日に別の疾患の手術目的で当該病院から転院した患者さんがいました。直ちにPCR検査を行ったところ陽性と判定されました。この患者さんは全く無症状であり、日本全国どの病院でも入院前スクリーニングPCR検査を行っていなかった当時としては、感染を事前に検知することは困難でした。続いて当該病棟の患者さん、医療従事者を含むすべての接触者にPCR検査を行った結果、患者さん4名、医師1名、看護師2名、診療放射線技師1名の感染が確認されました。さらに、当院から同病院に外勤医として2月1日以降に勤務したすべての医師99名を対象にPCR検査を行ったところ、5名が陽性、うち1名の医師からさらに2名の医師への2次感染が確認されました。我々が、万全の水際対策を行い院内に1人の感染者もいないと信じていた時期に、全く無症状で感染している患者さん、医師がいたことが判明しました。院内感染発生の事実は直ちに行政に報告し、当院のホームページ上に公開しました。

この予期せぬ経緯による院内感染により、それまで順調であった当院の状況が激変してしまいました。院内感染した患者さん、医療従事者を入院・隔離し、PCR陰性の当該病棟医療従事者も全員14日間待機としました。当該病棟と別の建物の病棟を急遽閉鎖して、そのスタッフ全員が当該病棟に異動し、当該病棟入院中の感染のない患者さんの診療はこの新しいチームで続行しました。新規初診外来、救急外来の受付を停止し、外来で継続が必要な診療と緊急度の高い手術のみを継続することとしました。

慶應義塾常任理事会にもこの状況をご報告したところ、長谷山塾長、竹内常任理事をはじめ、常任理事の皆様からは、まずは患者さん、医療従事者の安全を最優先するようご指示をいただきました。また、長谷山塾長より、「慶應義塾としても最大限の支援を行う」との温かい激励をいただきました。現在に到るまで、慶應義塾、連合三田会の皆様の医療支援寄付、防護具をはじめとする物資や教職員への食品の差し入れなどのご支援を頂いております。極めて厳しい状況に陥った中で、慶應義塾のありがたさをあらためてしみじみと痛感いたしました次第です。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事