【新 慶應義塾豆百科】
志木高等学校の自然とともに75年
2024/07/31

本校を語るうえで、広大な土地と自然の話題ははずせない。東京ドーム2個分、10万平米を超える敷地は志木市・新座市・朝霞市の3つの市にまたがっている。今でこそマンションや住宅に囲まれているが、「マンションの敷地はもともと学生寮であった」「東武東上線の志木駅の改札をでたらすぐに校門であった」など、本校OBからは、昔に比べて随分狭くなったと言われ驚くばかりである。
東側は、硬式野球部、グラウンドホッケー部、サッカー部、ラグビー部、ソフトテニス部が同時に活動できるグラウンドがある。それ以外にも、弓道場、柔剣道場、硬式テニス部コート、温水プール、宿泊施設を備えたトレーニングルーム(去来舎)もある。また、運動部の施設以外にも、農園、竹林と雑木林、ビオトープ、鴨池、野火止用水跡地も共存している。
そんな広大な敷地と自然が残る本校ならではのエピソードを1つ。寒い冬の朝に普通教室棟の階段が獣のフンで汚れていると用務員から連絡が入った。汚れている階段をたどっていくと、3階の教室の傘立てに2匹の狸が迷い込んでうずくまっていた。前日に扉を閉め忘れていたため明かりと温かさに誘われ迷い込んだようである。志木市に対応を確認すると専門業者に頼まなければならないとの回答である。そこで用務員・常駐の委託業者と協力して捕まえ、敷地内の雑木林に放した。いつか鶴ならぬ狸の恩返しを期待しているところだ。
そのような本校も2023年に開設75年を迎えた。その記念事業の1つとして、同年12月20日に「光彩館」が竣工した。志木会(慶應義塾志木高等学校同窓会組織)を中心とした募金活動の賜物である。300名収容の多目的ホール、茶室、音楽室、中教室、セミナールーム、本校初となるエレベーター完備である。また正面入り口の階段踊り場には本校卒業生であり世界で活躍するアーティストの大山エンリコイサム氏の壁画が建物の外壁まで伸びやかに描かれている。
コロナの影響で校内立ち入りなど制限された環境であったが、収穫祭、ワグネル・ソサィエティー男声合唱団や器楽部の定期演奏会、また生物部が中心となった校内見学イベント「自然観察会」もすでに復活している。これらのイベントを通じて本校に是非遊びに来ていただきたい。
1947年に電力の鬼といわれた実業家、松永安左エ門氏から財団法人東邦産業研究所の土地と建物の寄贈をうけ、慶應義塾獣医畜産専門学校を基礎として翌48年5月に慶應義塾農業高等学校として開校して75年。25年後の100年も変わらず自然豊かな教育環境を維持できるよう尽力してまいりたい。
(志木高等学校事務長 中島義和)
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