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【時の話題:腎臓病と向き合う】
富家 淳:健康の主役は自分──知って、動いて、腎臓病と生きる

2025/12/18

  • 富家 淳(とみいえ あつし)

    株式会社バリュープロモーション代表取締役・塾員

情報と行動が"健康寿命"を延ばす

「腎臓病になったらとにかく安静に、運動は控えて」。

かつて、腎臓病患者に対して語られていた常識である。当時の治療は「安静第一」。治療薬はほとんどなく、塩分と運動を制限し、できるだけ腎臓に負担をかけずに暮らすことが"最善"とされた。

しかし今、その常識は大きく変わり、腎臓病治療は新たな段階に入っている。

腎臓病患者の生活の質(QOL)や身体機能を高め、病気の進行や合併症を防ぐための包括的な支援として、「腎臓リハビリテーション」という考え方が1990年代から提唱されてきた。その後の研究で、軽度~中程度の運動は腎機能を悪化させず、むしろ血管病予防やQOLの改善に有効であることが示された。2018年に日本腎臓リハビリテーション学会が発刊した「腎臓リハビリテーションガイドライン」では、保存期慢性腎臓病患者に対しては運動療法の提案が、透析患者に対しては推奨が示された。

つまり、腎臓病治療の常識は、「動かない治療」から「動かす治療」へ大きく方向転換を遂げた。

腎不全治療の進化

また、残念ながら腎機能が著しく低下し、末期腎不全(体内の老廃物や水分の調節が困難になった状態)に至った場合でも、治療の選択肢は増えている。

かつては血液透析一択のような時代もあったが、今は、三療法(血液透析・腹膜透析・腎移植)から患者と家族が自分達に合った治療を選ぶ時代になっている。血液透析の選択肢も広がり、昼は働き、夜間にクリニックで寝ている間に透析を受ける患者もいる。条件が整えば、自宅で血液透析を受けることも可能な時代だ。

腎移植も薬や医療技術の進歩により、より多くの患者が選択できる治療となっている。ドナーと血液型が異なる場合でも移植は可能であり、70~80歳代でも移植を行うケースが増えている。保険適用により、患者の費用負担は驚くほど軽い。

海外では、ブタの腎臓を人間に移植する試みも始まっており、複数のケースで臓器が体の中で機能し、現在も経過観察が続いている患者がいる。将来、"ブタ由来の臓器"が腎不全患者の命をつなぐ選択肢になる時代が来るかもしれない。この数十年で、腎臓病の治療環境は劇的に変化しているのである。

情報は変わるからこそアンテナを張る

医療は常に進歩しており、「正しい」とされてきたことが、ある日突然、正しくなくなることもある。腎臓病の運動療法はまさにその象徴だ。

かつては"安静"が推奨され、腎臓病の子どもは、体育の授業や修学旅行、友達との遊びまでも制限される時代があった。しかし今は、運動が腎臓病の進行を抑える可能性があるとまで言われている。

こうしたパラダイムシフトの背景には、長年にわたる研究者たちの努力と、確かなデータの積み重ねがある。

私たちは、一度覚えた"健康常識"に安住してはいけない。

健康を守るためには、常に情報のアンテナを張り、自分の体に関する新しい知見に関心を持つことが大切だ。情報はSNSや動画サイトなどに溢れているが、その中から正しいものを見極めるのは容易ではない。「信頼できる情報源を複数持つ」「専門家の意見を確認する」「自分の目と耳で確かめる」といった姿勢が重要である。正しい知識を選び取り、自らの行動につなげる力、それこそが、これからの時代に欠かせない"健康リテラシー"である。

知識を行動へ──健康を"続ける"ために

もう1つ大切なのは、「知る」だけでなく「行動し、それを続ける」ことだ。

新たに得た有益な知識は、生活に落とし込まれなければ意味がない。健康管理の基本は、「計画する」「行動する」「記録する」「振り返る」という流れを続けることだ。

なかでも、"記録すること"は、健康を長く続けるために特に効果のある習慣である。手帳やノートに書き留めるだけでも、自分の生活を振り返るきっかけになるし、スマートフォンアプリで血圧・体重・歩数・睡眠などを入力すれば、一覧やグラフで変化をひと目で把握できる。データを医師や家族と共有すれば、やる気の継続や早期の異変発見にもつながる。スマートフォンはいつでも手元にあるので、その場で記録でき、必要なときにすぐ共有できる(スマートフォンアプリは、信頼できる医療機関や専門家が薦めるものを選びたい。バリュープロモーション社では、こうした医療機関と患者をつなぐデジタル支援を行っている)。

大切なのは「自分に合った方法で、続けること」である。

かつて「とにかく安静」とされた腎臓病も、研究と技術の進展によって、「いかに進行を抑え、適度に動いてQOLを保つか」の時代に移りつつある。

だが、どんなに医療の進歩があっても、主役は自分である。正しい情報に耳を傾け、日々を健康に過ごし、記録し、それを続けること。それが、腎臓を、そして未来の自分を守る最も確かな方法である。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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