【時の話題:日本の「祭り」を考える】
本間 裕二:地元・館山を祭りで盛り上げる
2025/10/20

「今年の"やわたんまち"はやる?」。お盆を迎える頃になると、地元の仲間内でしばしば交わされる会話である。
私の故郷・館山には、1000年以上の歴史を誇る祭りがある。鶴谷八幡宮の秋祭り「安房国司祭(あわこくしさい)」であり、地元では「やわたんまち」の名で親しまれている。千葉県の無形民俗文化財にも指定され、毎年10万人を超える人々が訪れる安房地方最大の祭礼である。祭りには4基の山車と1基の御船、さらに10社の神輿が加わり、町全体を熱気に包む。
私の人生の軸ともなった「愛郷精神」は、この祭りを通じて育まれた。小学校1年のとき、隣家の同級生に誘われて参加した六軒町の太鼓練習がその始まりである。幼い頃は2時間に及ぶ稽古の響きが胸と耳に残り、眠りながらも手を動かすほど夢中になった。その後も毎年欠かさず祭りに関わり続け、2017年にUターンで館山に戻った際には「若衆頭」という大役を担うこととなった。現在はその役割を終え、「小頭」として若い世代を支えている。
本稿では、1000年以上続きながらも必ずしも広く知られていない「やわたんまち」のような郷土の祭りが、今後の地域づくりに不可欠な要素であることを、5つの観点から考察する。
1 地域の現状を測るバロメーター
祭りの本番は9月第2週の2日間である。しかし実際には、準備こそが祭りの核心である。六軒町では8月20日頃から初会が開かれ、太鼓や踊りの稽古が毎晩神社で行われる。若い衆は各家庭の玄関に飾る花を制作し、町内に1軒1軒販売して回る。さらに山車が通る道にはしめ縄を張り巡らせ、寄付を募る。こうした活動を続けることで、地域の変化が手に取るように分かる。店がなくなる、空き地になる、新店舗ができる。祭りの準備は、地域の現状を測る確かな指標となっている。
2 年中行事としてのコミュニティ維持
祭りの準備にとどまらず、神社を中心とした年間行事が地域の結びつきを支えている。清掃活動、11月の「元気にする祭り」、年末年始の餅つきや参拝客への太鼓披露など、通年で神社に関わる機会がある。神社運営組織と町内会が重なっていることから、地域行事全般にも祭り関係者が自然に参加する仕組みが形成されている。消防団への加入も多く、祭りは地域社会の層を厚くする役割を果たしている。日常的な活動の積み重ねが、地域を守る無形の力を育んでいると感じる。
3 「遠い親戚よりも近くの他人」
祭りを軸にした結びつきの濃さは、「遠い親戚よりも近くの他人」という言葉を実感させる。ともに汗を流し、同じ価値を共有する仲間には、仕事や生活上の相談もできる。家族でも利害関係でもなく、ただ「町内の祭りを盛り上げ、次世代へ伝える」という目的で結びついた同士的な関係は、人生を豊かにする力を秘めている。地域外に移り住んだ人であっても、祭りの時期に帰省し、旧友と再び交わることが多い。祭りは、世代や立場を超えて人を結び直す力を持っている。
4 自助・共助の原動力
自治体財政が逼迫するなかで、公助に頼らず地域を維持する仕組みが求められている。お祭りの担い手たちは報酬を得るのではなく、むしろ参加費を負担しながら祭りを作り上げることに誇りを持っている。その姿勢は、地域防災や生活の安全安心に主体的に関わる力へと転化し得る。地域運営組織の形成が各地で模索されているが、すでに重層的なつながりを備える祭りの仕組みは、その先駆的なモデルであるとも言える。祭りは、自助・共助の精神を培う最良の場なのである。
5 愛郷精神を育む装置
地域への帰属意識やUターンの動機となる「愛郷精神」は、祭りを通じて自然に育まれる。幼少期から祭りや地域行事に携わることで、町の変化に敏感になり、地域への愛着が深まる。祭りに関わるか否かで、地域への想いにも大きな差が生まれる。年齢を重ねるごとに役割を変えつつ関わり続けられる祭りは、愛郷精神を継続的に育む、他に代えがたい装置である。地域を支える人材を生み出す「人づくり」の場としても、その意義は極めて大きい。
近年、多くの地域で都会的な再開発や建物の新設が進められている。しかし、それは本当に地域の豊かさに結びつくのだろうか。お金で作れる新しいものではなく、時の積み重ねが生み出した建造物や文化的資源こそ、地域のアイデンティティの源泉である。そこに価値を見いだすことで、他では真似できない独自の魅力を創出できる。
日本各地には祭りとその歴史が存在する。館山の祭りから学んだ要素は、人口減少時代だからこそ再認識すべきものであり、地域づくりの原動力となる可能性を秘めている。その土地のアイデンティティを武器に、地方から日本全体を盛り上げていきたい。地域の誇りと喜びを未来へ継承することこそ、持続可能な社会を築く第一歩であると考える。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年10月号
【時の話題:日本の「祭り」を考える】
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本間 裕二(ほんま ゆうじ)
有限会社房州日日新聞社代表取締役・塾員