【時の話題:変わる日本の土地制度】
松尾 弘:所有者不明土地問題の淵源と展望
2025/07/14

1.所有者不明土地問題とは何か
バブル経済が崩壊し、土地は値下がりしないという土地神話が崩れてから、所有者不明土地の増加が徐々に問題視されるに至った。所有者不明土地とは、所有者またはその所在が、不動産登記簿の調査など探索者に通常期待される相当な努力を払っても確知できない土地のことである。
所有者不明土地は、利用・管理されず、草木が繁茂し、ゴミが不法投棄され、害虫が発生するなど、環境に悪影響を及ぼす。地上の建物や樹木が放置され、隣地への崩落などの危険が生じても、即時に対応できない。また、公共事業や(再)開発事業の実施に際して所有者の探索に時間や費用が嵩み、被災地では復興事業や災害対策の妨げになる。さらに、固定資産税などの徴収にも支障をきたす。その結果、所有者不明土地の増加は国家的損失を生じさせる。
2.所有者不明土地問題への対応
こうした所有者不明土地問題に対応すべく、一連の法改革が施されてきた。それは、①森林や農地における共有者不明の場合の利用・管理の容易化に始まり、②所有者不明土地利用円滑化法により、簡易建築物等のない所有者不明土地を対象に、公共事業や地域福利増進事業の促進が図られた。そして、③民法改正により、所有者不明土地一般を対象に、所有者不明土地管理制度、共有者不明の場合の管理ルールの創設など、管理を円滑にする制度を設けた。共有者の一部が不明の不動産の持分を取得または譲渡する権限を裁判所から得る制度は、所有者不明土地の解消にも通じる。また、所有者不明土地の発生を予防すべく、管理不全土地管理制度も導入した。同じく、④相続土地国庫帰属法により、相続等によって取得した土地を一定の要件の下で国庫が引き取ることを認め、⑤不動産登記法改正により、相続による不動産所有権の取得に登記義務を課した。これらは所有者不明土地の「発生の抑制及び解消並びに円滑な利用及び管理」の確保を国等に求めた、2020年改正土地基本法に沿うものである。
所有者不明土地管理制度は、2023年4月の施行後1年間で500件を超える申請があり、相続土地国庫帰属制度は、同年4月の施行から2025年4月末までの約2年間で申請総数3732件、却下58件、不承認54件、取下げ604件、国庫帰属件数1586件である。これらの制度への需要の大きさを窺わせる数字といえる。
3.所有者不明土地問題の淵源
しかし、これらの法改革のみによって所有者不明土地が速やかに解消されるとは限らない。所有者不明土地の発生は、日本の土地所有制度の歴史と深い関係を持っているからである。日本の私的土地所有権制度は、明治政府が財政基盤を確保するために、土地取引を自由にして地価を創出し、土地所有権の証としての地券の交付と引き換えに地価に課税したことに由来する。土地利用規制が後手に回る中で土地取引が活発化し、地価が上昇し、土地担保金融が発達して、経済活動の基盤となった。農村から都市への人口移動が増加し、都市部の地価は経済の拡大とも相俟って継続的に上昇した。
戦後も地方から都市への人口移動が続き、高度経済成長を支え、土地神話が形成される中、土地の投機的取引が過熱した。しかし、間もなくバブルが崩壊し、不良債権処理が続く中、社会の高齢化と人口減少が進み、経済規模が縮小し、地価の下落が生じるようになった。単に土地を所有することの経済的メリットは、土地の管理・納税等の負担に見合わないものとなった。加えて、都市への人口の遍在が、地方における土地の所有・管理の担い手不足を特に深刻化させている。このような状況を背景に、管理されず、相続等による権利移転が生じても登記されないまま、世代交代が進み、所有者不明となる土地が増加することになった。
4.所有者不明土地問題を越えて
こうしてみると所有者不明土地問題は、日本における国土政策の展開の帰結であることが分かる。すでに国土形成計画法に基づく第三次国土形成計画(2023年)は、東京一極集中を是正し、ボトムアップ式に形成される各地域の地域力をつなぐ国土づくりを提示した。そして、国土利用計画法に基づく第六次国土利用計画(同年)は、そうした地域力の形成基盤となる地域管理構想の推進を打ち出した。地域の合意形成に基づく所有者不明土地を含む土地管理は、改正土地基本法に基づく土地基本方針(2024年改定)にも反映された。
所有者不明土地対策の推進は、直近の関係閣僚会議による基本方針(2025年6月6日)でも強調されている。所有者不明土地問題は、日本の国土管理の問題であり、国民が真の豊かさを実感できる良質な社会資本を形づくる土台としての土地所有の仕組みを、地域コミュニティのレベルから、今後100年かけてでも構築する機会を提供していることが看過されてはならないであろう。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年7月号
【時の話題:変わる日本の土地制度】
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松尾 弘(まつお ひろし)
慶應義塾大学大学院法務研究科教授