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【時の話題:大阪・関西万博開幕】
南澤 孝太:いのちと、いのちの、あいだに

2025/05/20

  • 南澤 孝太(みなみざわ こうた)

    慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授

2020年夏、新型コロナウイルス感染症による社会的混乱の真っ只中、経済産業省による旗振りのもと、建築家、デザイナー、アーティスト、筆者を含む研究者など多様なバックグラウンドをもつメンバーが集まり、経産省の若手チームも交えて、2025大阪・関西万博日本政府館基本構想ワークショップが開催された。人類全体が「いのち」の脅威にさらされる中で変わりゆく価値観、遠隔コミュニケーションやAIをはじめとするテクノロジーの急速な発展と浸透、社会的政治的な混乱、否応なしに進む地球環境の限界へのカウントダウン。基本構想に関わるメンバー自身もその当事者であり、世界中の人々が当事者である。2017年に設定された万博全体のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」が、奇しくもこれまでとは全く違った意味を持つこととなり、ポストコロナ時代の幕開けとして位置づけられるであろう大阪・関西万博において日本はどのようなメッセージを打ち出すべきなのか、(口にマスクはしているものの)歯に衣着せぬメンバーが集まった結果、事務局があらかじめ用意していた草案をちゃぶ台返しするところから始まる、という容赦ない侃々諤々の活発な議論を経て、日本館基本構想がとりまとめられ、2021年4月に公開された。

基本構想として掲げられたテーマは「いのちと、いのちの、あいだに─Between Lives」。

パンデミックを通じて改めて自覚する人の「いのち」の儚さ。地球上で「いのち」が育まれ、長い年月を経て自然が形成され、エネルギーや食料となって次の「いのち」を育てる循環。人と人、人と人以外の多様な生命や環境の「いのち」の間に生じる様々な関係性とその変化。宇宙のどこかに存在するかもしれない未知の「いのち」。AIやロボットによって生み出されつつある新たな「いのち」のかたち。新旧の価値観が交差する中、世界中の多様な来場者が世代を超えて「いのち」の在り方を考える場を、この万博を契機として生み出し、つないでいく、というメッセージが込められている。

来場者ごとに変化する体験、運営および展示体験における多様な人々の包摂、自分事化を促す仕掛け、循環を意識した空間構成、リアルとデジタルの相互連関、来場者の内面の可視化による「いのち」と向き合う体験、といった展示や運営の在り方への指針は、日本館に留まらず、万博に出展する様々なパビリオンへのメッセージになることを期待してまとめたものである。実際に開幕した万博の多彩なパビリオンにおいて様々な形で具現化されており、基本構想から4年の歳月の中で行われた多くの関係者の膨大な尽力に心からの敬意を表したい。

筆者自身もこの基本構想の理念を踏まえつつ、いくつかの研究プロジェクトの出展を予定している。

JAPAN CRAFT EXPO 日本工芸産地博覧会 2025年6月16日~18日、於:EXPOメッセ「WASSE」

日本工芸産地協会との共創プロジェクトとして、日本の伝統工芸における技能のデジタル化と伝承に取り組んでいる。少子高齢化が加速する中、日本各地の伝統工芸は存続の危機に晒されており、デジタル技術を活用した職人の技能の保存や後継者育成への活用、時間と空間を超えた技能の伝達を通じて、次世代の工芸の在り方を探求する。今回の出展では沖縄で7代続く壺屋焼窯元「育陶園」と1年に亘り取り組んでいる、触覚伝送技術を用いた陶芸職人の技能の記録と追体験、サイバネティック・アバターを活用した技能拡張技術を紹介する。

ムーンショットパーク「Cyberneticbeing Life in 2050」2025年7月23日~8月4日、於:Future Life Experience(FLE)

筆者が代表を務めている、内閣府/JSTムーンショット研究開発事業「身体的共創を生み出すサイバネティック・アバター技術と社会基盤の開発」では、人の経験や技能を共有できるサイバネティック・アバター(CA)技術を活用することで、年齢、性別、障害の有無にかかわらず、多様な人々が多彩な能力を発揮して活躍できる未来に向けて、CAを通じた経験共有・技能共創・認知拡張・新たな社会参加の場の創出に取り組んでいる。本展示ではプロジェクトの5年間の研究開発と社会共創活動を総括し、2050年の未来社会の姿を示す。

社会の変化が加速し未来予測が困難になる中、万博の存在意義が問われている。わかりやすい「未来」を提示するのではなく、多様な人々が協力し、共に何かを創り上げ、次世代につなげようと模索する。来場者も含めて未来社会を実現する当事者として関わり合う。ポストコロナ時代の新たな万博の姿をぜひ体験いただき、未来を考える契機にしていただければ幸いである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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