【時の話題:大阪・関西万博開幕】
アルマズヤッド・オスマン:世界が"ひとつの島"となったとき──夢洲から発信されるサウジアラビアの未来構想
2025/05/20

文化空間としての万博──感覚で出会う世界の多様性
かつて「地球村(Global Village)」という概念が提起されたように、情報と通信の飛躍的な発展は、世界の距離を大きく縮めてきた。現代ではその"村"のイメージがさらに進化し、文化や価値観が複雑に交錯する中で、世界全体が1つの"島"のような構造を帯びつつある。その縮図とも言えるのが、2025年4月13日に開幕したばかりの大阪・関西万博の会場、夢洲(ゆめしま)である。ここには、各国が文化・技術・未来構想を携え集い、壮大な「知と創造の交差点」が出現している。
この博覧会は、世界を体感的に学ぶ稀有な機会を提供している。報道やSNSが切り取る断片的な情報では捉えきれない文化の全体像に、五感を通して触れることにより、現代的な「知」のあり方に対する再認識が促されている。
サウジアラビア王国パビリオンは、伝統と変革、現在と未来を空間的に結びつけた構成が特徴的である。伝統的都市建築に着想を得た路地のような内部空間を進む来場者は、文化・環境・都市政策に関する多層的な主題に触れながら、国土を巡るような疑似体験を得る。建築、音、光、香りが一体となった演出は、文化がいかに感覚的に伝達され得るかを示している。
展示には、古典舞踊、音楽、映画、ファッションに加え、「THE LINE」「OXAGON」に代表される未来都市構想、「グリーン・リヤド」に見られる都市緑化の取り組みなどが含まれる。これらは単なる文化紹介にとどまらず、都市計画、環境政策、生活構造の再設計といった社会課題に対する応答としても読み取ることができる。
イノベーションという再構成──技術と制度を結び直す国家戦略
このパビリオンの背後には、国家主導によるイノベーション戦略が横たわっている。経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが唱えた「新結合(New Combination)」、すなわち既存の制度・技術・ニーズの再構成によって新たな価値を生み出すという発想は、サウジアラビアにおける改革の根底に見出される。
行政のデジタル化、都市インフラの再編、国家データ戦略の構築といった取り組みは、単なる技術導入にとどまらず、公共性や社会包摂の再設計という側面をもっている。たとえば、内務省が運営する電子政府プラットフォーム「Absher(アブシェル)」は、パスポートや運転免許証の更新、ビザ申請などをオンラインで完結できる仕組みであり、国民の行政参加のあり方そのものを変えつつある。
これらの制度改革は、市民サービスの利便性を高めると同時に、政府と市民の関係構築のモデルを提示する試みとして見ることができる。つまり、イノベーションとは単に「新しい技術」ではなく、制度・文化・生活の再構成を通じて社会の基盤そのものを再編するプロセスでもあるということだ。
サウジアラビア館が提示しているのは、そうした国家的イノベーションを文化的・視覚的に解釈した一種の「展示としての社会戦略」である。展示は、単なる外向けの説明ではなく、他者との比較と対話の起点となることで初めて意味を持つ。
問いを持ち帰る場としての万博──変革の未来と国際的共創
このような構想は、2030年に開催予定のリヤド万博へと連なっている。2023年に正式決定されたこの国際博覧会では、「変革の時代:先を見据えた明日を共に(The Era of Change: Together for a Foresighted Tomorrow)」をテーマに、246の国と国際機関が参加を予定し、4,000万人以上の来場、さらにはメタバース空間による10億人規模の参加を想定している。
サウジアラビアはこの万博を通じて、制度と社会、環境と都市、技術と文化がいかに融合可能かという問いを国際社会に投げかけようとしている。ただし、それは自己を優位に位置づけるためではなく、あくまで「共に考える場」をつくるという文脈においてである。
万博は国家の優劣を競う場ではなく、構想を並置し、それぞれの未来像を相対化する場である。夢洲におけるサウジアラビアの展示もまた、他国のビジョンと交差することで、世界の各国が制度や文化を問い直す機会となる。来場者にとって、それは「他国を知る」だけでなく、「自国を考え直す」契機となるかもしれない。
その意味で、夢洲から発信される未来構想は、閉じた国家像ではなく、開かれた問いのかたちをしている。イノベーションとは、単に新しい技術の導入ではなく、社会をどう再編し得るかという「問いの力」を含んでいる。その問いをいかに受け取るかは、訪問者自身に委ねられている。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年5月号
【時の話題:大阪・関西万博開幕】
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アルマズヤッド・オスマン
東海大学経営学部経営学科専任講師・塾員