【時の話題:日本の出産を考える】
清水 省志:地域のお産を支える産婦人科の役割
2025/03/17

出生数と産科施設の減少状況
戦後日本の出生数は、第二次ベビーブーム以降、減少の一途を辿っています。1975年に200万人を、2016年には100万人を下回りました。推計によると、2024年は70万人以下になるとも言われています。
こうした推移は、産科医療の現場においても実感されます。筆者が院長を務める埼玉県坂戸市の清水病院では、7、8年前までは年間約700人の新生児が誕生していましたが、現在はその数も減少しています。埼玉県が公表する地域別データを見ても、坂戸市を含む同県西部地区のこの間の出生数は大きく減少しています。
同時に、出産施設が1つもない「分娩空白市町村」が増えている窮状も伝えられています。当院が加盟する坂戸鶴ヶ島医師会においても、25年前は7つの産婦人科がお産に対応していましたが、現在、産婦人科は5施設にまで減少し、お産に対応する産科はこのうち3施設となっています。
こうした時代だからこそ、1人でも多くの赤ちゃんが生まれるよう、当院では常勤医師2名、助産師9名、看護師17名ら総勢45名で、日夜お産の対応に当たっています。入院設備は36床を用意し、医局からも当直医を派遣してもらって24時間365日、お産に備えています。もちろん、安全安心な産科医療を提供し続けるためには、優れたスタッフの存在が欠かせないことは言うまでもありません。
出産費用の保険適用だけでよいのか
近年は、産科医不足に対応するためにオープンシステムで産科医療を提供する自治体が増えています。妊婦健診は通いやすい産科施設で受診し、出産は高度な設備を持つ医療機関で行うというものです。妊娠初期は4週間に1度、6カ月から2週間ごととなり、10カ月目以降は毎週通うことなるので、妊産婦さんの負担解消に加え、産科医の負担軽減にもつながります。
産科では稀に早産のケースがあり、こうした場合は医療施設から新生児センターに受け入れを要請しますが、近年はセンターの病床不足も課題になっています。そうした中で搬送コーディネーターシステムの存在は大きく、自治体のオペレーターが搬送先を調整してくれるようになったことで、医療施設の負担も大幅に減りました。清水病院でもこのシステムを通して、県内だけでなく、東京都や群馬県等の医療施設に搬送した例があります。
このようにお産のサポート体制は少しずつ改善されつつあります。にもかかわらず、出生数の減少が止まらないのは、家庭の事情や未婚化等のライフスタイルの多様化といった個別要因だけではないでしょう。妊婦健診では「親が近くにいないので子育てをどうしよう」といった不安の声も聞かれます。
現在、正常分娩の場合の出産費用にも保険を適用するための検討が進んでいますが、この議論に医療現場の声が届いているのか、些か疑問です。出産は重要なライフイベントですが、子どもを産み、退院するという一応のゴールがあるのに対し、子育てはそこからがスタートになるからです。
小さなお子さんのいる家庭はままならないことの連続です。夜の救急医療施設は子どもを連れたお母さんがひっきりなしに訪れます。2人のお子さんがいる家庭では、救急時にもう1人のお子さんを預けられるような保育施設がないと厳しいでしょう。
出産費用の負担が減っても、小児科、とくに新生児科の受診環境が改善されなければ、減り続ける出生数の抜本的な解消は難しいように思います。
自然で安全なお産で地域に貢献
清水病院は1957年に開業し、約70年にわたり地域のお産を支えてきました。筆者は2004年に2代目院長を継承し、先代からのモットーである「地域に根差した医療、安全で自然なお産」を目指しています。その観点から、当院ではこれまで無痛分娩を行わずにきました。
私たちは最低限の医療介入でお産を行う、自然分娩を理想としています。近年は無痛分娩を希望する妊産婦さんが増えていると聞きますが、無痛分娩(硬膜外麻酔)は、帝王切開(腰椎麻酔)よりも多くの麻酔を使用する上、産科麻酔の専門医が必要となるため、母胎へのリスクが懸念されます。当院が自然分娩をお薦めするのはこのためです。
当院を訪れる妊産婦さんの多くが、自然分娩を望まれる方です。清水病院で初めて出産を経験されたお母さんの中に、二人目の出産は無痛分娩で、と他院を選ばれた方がいました。その方が三人目を妊娠された際、「やっぱり自然分娩がいい」と再び清水病院に来られました。「(無痛分娩は)"産んだ感"がなかったから」だそうです。
こうした声は私たちにとって大きな励みになります。赤ちゃんが生まれた時のお母さんたちの喜びや、母子ともに元気に退院していく姿、妊婦健診のたびにお腹が大きくなる様子は私たちのやりがいにつながっています。産科医療は気の抜けない仕事ですが、お産を着実にサポートすることが、今私たちにできる地域への最大の貢献であると考えています。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2025年3月号
【時の話題:日本の出産を考える】
- 1
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |
清水 省志(しみず せいし)
清水病院院長・塾員