【時の話題:揺れる欧州】
鶴岡 路人:翻弄される欧州──ロシア、ウクライナ、米国
2024/11/20
欧州が揺れている。各国内政が揺れているうえに、外交、安全保障、防衛も揺れている。ロシアによるウクライナ全面侵攻、中東における紛争の拡大、米国の大統領選挙などに翻弄される欧州である。
ただし、これは決して新しい話ではない。第2次世界大戦後に、NATO(北大西洋条約機構)という米国との同盟によって安全保障を確保する選択をした西欧諸国は、それによって、必然的に、そして恒常的に米国に翻弄される運命になったといえる。
2022年2月24日にはじまったロシアによるウクライナ全面侵攻は、欧州にとっては戦後最大級の衝撃だった。古典的な国家間戦争が、21世紀の欧州に戻ってきてしまったのである。
この戦争で欧州は、第一義的にはロシアに翻弄された。おそらくNATOによる抑止が機能した結果として、NATO加盟国の領土への直接の攻撃は発生していない。それでも、各国は防衛態勢の見直しが迫られ、多くの欧州諸国で国防予算が引き上げられた。NATOでは、即応性の強化や、バルト諸国など、ソ連と国境を接する諸国への部隊増派といった、対露抑止・防衛態勢の強化が進められた。
天然ガスや石油に代表されるエネルギーにおけるロシア依存も低減・解消が求められた。EU(欧州連合)はロシアに対する制裁を段階的に強化してきた。全面的な経済封鎖からは程遠いものの、侵攻前に想像されていたものと比べれば、強力な制裁である。
とはいえ、戦争後を見据えた中長期的なロシアとの関係については、何も決まっていない。バルト諸国やポーランドなどでは、「ロシアはロシアだ」との言説が強化され、未来永劫、ロシアを信用すべきではないとの見方がさらに固まった。
他方で、ロシアが同じ大陸の同居人である事実は変わらず、将来的には何らかの関係を再構築しなければならないとの声もドイツやフランスなどでは根強い。どちらが優勢になるかはまだ分からないが、欧州内でコンセンサスが存在していないことは確かである。
ウクライナ侵攻で欧州が翻弄されているとすれば、それは、ロシアによってのみではない。ウクライナに翻弄される欧州という側面も重要だ。
欧州諸国にとってウクライナは、支援する対象である。しかし武器供与などは、ウクライナにいわば引っ張られるかたちで進んできた。全面侵攻前や、侵攻当初の状況と比べれば、今日の欧州によるウクライナ支援のレベルは段違いに上昇しており、「こんなつもりではなかった」というのが多くの国の本音ではないか。
ウクライナが当初の想定以上の抵抗能力をみせたこと、そして、数々の戦争犯罪にみられるようにロシアの侵略行為があまりにひどいものであったことなどから、欧州諸国のウクライナ支援は質的にも量的にも拡大を続けたのである。
ただし、そこで最後に問われるのは、「ウクライナを本当に欧州の一員として受け入れる覚悟があるのか」である。つまり、NATOやEUの加盟を認めて、ウクライナと一蓮托生、ないし運命共同体の関係になるのかである。
そうしないと、結局ウクライナが欧州秩序の不安定要素として残ってしまうために、NATOとEUに加盟させる以外に解決策がないという声も広がっている。他方で、ウクライナとのEU加盟交渉はすでに開始しているが、当事者の覚悟の度合いは不明である。気がついたら「ここまで来てしまっていた」だけかもしれない。
最後に、冒頭でも触れた、米国に翻弄される欧州、という部分である。2024年11月の大統領選挙結果にかかわらず、すでに欧州は米国に翻弄されてきている。
2021年からのバイデン政権下では、米欧関係全般が深刻な対立におちいるような事態はなかったが、米国議会での対立によって、2023年12月から翌24年4月まで、米国のウクライナ支援がほぼ止まったことは象徴的だった。欧州は米国の穴埋めをすることができずに、戦況は悪化した。
軍事大国であるロシアに、欧州だけで対処できないのは当然に聞こえるかもしれない。しかし、欧州は経済規模(GDP)ではロシアの7倍程度あり、国防予算でも2倍以上あるのが現実である。それでも欧州だけではまったく対処できないとすれば、それは何かがうまくいっていないということなのだろう。英国とフランスは核兵器も保有している。
結局それは、米国に対して「自律できるのか」という問いであると同時に、本当に「自律したいのか」ということでもある。しかし、「自律したいのか」を問う贅沢が許されるのは、米国への依存という選択肢の存在ゆえである。それ自体が失われているとすれば、前提が大きく変わってくる。欧州には決断のときが迫っている。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年11月号
【時の話題:揺れる欧州】
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鶴岡 路人(つるおか みちと)
慶應義塾大学総合政策学部准教授