【時の話題:揺れる欧州】
大嶋 えり子:フランス議会選挙と内政のダイナミズム
2024/11/20
2024年は、フランス政治にとって波乱に満ちた年として語られ続けるだろう。2022年にロシアによるウクライナ侵攻という特異な国際情勢の最中で大統領選挙が行われ、中道の現職のエマニュエル・マクロンが再選を果たした。その直後の総選挙でマクロン派陣営は過半数を獲得できないながらも、相対多数の議席を勝ち取り与党の座を守った。だが、今年6月に行われた欧州議会選挙で、「極右」や「急進右派」に分類される国民連合が勝利し、マクロン派およびマクロン自身の不人気があらわになった。マクロンは選挙結果が出た当日の夜に国民議会(下院)の解散を発表し、6月29日、30日に第1回投票、7月6日、7日に決選投票を迎えることになった。解散があるとしても秋ごろと目されていたが、各勢力はパリ・オリンピック・パラリンピックを目前に控える状況で急遽選挙の準備に追われることとなった。
さらなる驚きを呼んだのは、2023年からパレスチナ情勢をめぐって対立が顕在化していた左派4党(社会党、共産党、緑の党、不服従のフランス)が、解散発表の翌日に新人民戦線という連合を組み、マクロン派と国民連合に対抗する勢力を形成したことである。
一方で、シャルル・ドゴールの系譜を継ぐ共和党の一部は国民連合と手を組むことを決定し、そのほかの者は極右とは一線を画す右派としてのアイデンティティを堅持しようとするなど、政党間関係の再編が見られた。
第1回投票の結果、国民連合が首位となり、多くの世論調査で決選投票でも国民連合が過半数をとれずとも第一勢力になると予想された。そのため、決選投票まで1週間しかないなか「共和主義戦線」が張られた。これはかつて2002年の大統領選挙の際に見られた現象で、共和国の理念を遵守しないとされる極右政党の勝利を阻止するための左派と右派の協力関係を指す。結果として、「共和主義戦線」が功を奏し、国民連合は議席を増やしつつも、第三勢力に留まり、過半数を獲得する勢力がないなか、新人民戦線が予想外の第一勢力となった。注目は大統領が首相として任命する人物へと向かった。
多くの時間を費やし、新人民戦線は全く無名だった官僚のリュシー・カステを候補として掲げ、彼女の首相任命を要求した。大統領は誰を任命してもよく、議員でない者、政治経験のない者でもよいが、下院の最大勢力が推薦する者を首相に任命するのが慣習である。しかし、相対多数しか持たない左派連合の組閣に消極的だったマクロンは、各勢力と会談を重ね、五輪が終わるのを待った。国民議会選挙の決選投票から2カ月経ってやっと任命したのが、議会で第四勢力になった共和党の出身で、大臣や欧州委員会委員などの経験を持つミシェル・バルニエだった。新人民戦線とその支持者の落胆と怒りが大きかったことはいうまでもない。
議会の過半数の支持を持たず、不信任の可能性と常に隣り合わせのバルニエ内閣は、主にマクロン派と共和党の者で構成された。特に注目されたのは、内務大臣に就任したブリュノ・ルタイヨである。元老院(上院)の議員として長く活動してきたルタイヨは、移民受入の規制強化を提言し、2013年には同性婚の法制化、2022年には他者の性的指向やジェンダー・アイデンティティを変えさせようとするいわゆるコンバージョン・セラピーの禁止、そして2024年には妊娠中絶の自由を明記する憲法改正に反対し、強硬な保守派として知名度が高い。そのイメージに違わず、内務大臣就任時の演説では「秩序を取り戻す」ことを強調した。10月1日にバルニエ首相が行った所信表明演説では、移民政策が優先事項の一つとして位置付けられ、ビザ取得の条件の厳格化やEU法を遵守した国境管理の強化が挙げられた。重要ポストである司法大臣に社会党出身者のディディエ・ミゴーを起用したとはいえ、ルタイヨの立場と併せれば、バルニエ内閣が移民受入を規制する保守的な政策を打ち出していることがわかる。
最後に、今回成立した体制がコアビタシオンか否かについて補足したい。コアビタシオンとは議会の多数派と大統領の政党や勢力にねじれが生じた状態を指し、しばしば「保革共存政権」と訳されてきた。大統領に右派のジャック・シラク、首相に左派のリオネル・ジョスパンがいた時期などがこれにあたる。今回はどうか。マクロン派から首相が任命されなかったため、共和党の一部からはコアビタシオンだという解釈がなされているが、マクロン派の大臣も多数入閣しており、従来見られたコアビタシオンとは大きく様相が異なる。大統領府もコアビタシオンではなく「厳しい共存」という見解を示し、バルニエ本人もコアビタシオンではないと明言している。第五共和政下で初の事態であり、コアビタシオンの意味範囲、そしてもしかしたら訳語までを再検討する時期が来たのかもしれない。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年11月号
【時の話題:揺れる欧州】
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大嶋 えり子(おおしま えりこ )
慶應義塾大学経済学部准教授