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【時の話題:揺れる欧州】
吉田 徹:欧州ポピュリズムの現状とそのゆくえ

2024/11/20

  • 吉田 徹(よしだ とおる)

    同志社大学政策学部教授・塾員

ポピュリズムの台頭が指摘されてから久しい。ヨーロッパについていえば、ノルウェー、フィンランド、イタリア、ギリシャ、スイス、オーストリア、ハンガリー、ブルガリア、スロヴァキア、ポーランドなどで、左右を問わないポピュリスト勢力が連立政権の一角を占めるようになっている*1。今年になってからは、オランダの極右・自由党が連立政権入りを果たし、さらにはオーストリア下院選では、ネオ・ナチの系譜に位置づけられる自由党が過去最大議席を獲得した。

2010年代はポピュリスト勢力の台頭が危惧されたが、ブレグジットやトランプ政権誕生に続き、左右のポピュリスト勢力は各国で3割程度の得票を獲得するようになり、ポピュリスト政権はもはや「ニュー・ノーマル」となった。そしてこれらの国々では司法の独立や報道の自由、あるいは政策効率の低下などが指摘されており、いわゆる自由民主主義と呼ばれる政治体制のポテンシャルを損なうことも分かっている*2。上記の国々は比例代表制を採っているため、連立政権にポピュリスト勢力が参画しやすく、また政策が穏健化されやすいといえるが、今後はフランスのような多数代表制の国で、政権奪取が実現するかどうかがひとつの焦点となるだろう。フランスでは、左右両極のポピュリスト(屈しないフランスと国民連合)があわせて議席の約3分の1を有している。これからも各国の既成政党は、ドイツ・メルケルの大連立政権(2013-2021年)や現在のフランス・バルニエ政権のように、左右両極のポピュリストを排除するために、不自然な連合を余儀なくされることが予測される。

もっとも、ポピュリズムが何を具体的に指すのか、と問われれば正面から答えるのは容易ではない。左派、右派ともにグローバル化を嫌い、前者は経済グローバル化(自由貿易・金融資本主義)、後者は社会グローバル化(移民受け入れ)を嫌うという点で共通しており、近年ではGAL(グリーン・オルタナティブ・リバータリアン)とTAN(トラディショナル・オーソリタリアン・ナショナル)という対立軸が生成しているともされる*3。もっとも、ポピュリズムには「反エリート」や「反既成政党」を標榜していること以上の定義を見出すことは難しい。日本では「大衆迎合主義」や「反知性主義」などと同義で用いられることが多いものの、理解が難しいのは自由主義や社民主義と異なり、ポピュリストと呼ばれる政党や政治家らが自らをポピュリストと形容しないことにある。つまり、ポピュリズムやポピュリストという言葉自体が、政治的・経済的・文化的エリートによって好ましくないとされる政治の呼称であって、それ自体が何か本質的かつ体系的な意味合いを持っているわけではないのである。

歴史を振り返れば、ポピュリズムという言葉や概念は定期的に用いられてきた。19世紀末にはアメリカ人民党(通称ポピュリスト党)がその代名詞だったし、戦後にはマッカーシズムやプジャーディズム(フランスの反徴税運動)、現代ではサッチャリズムや小泉政治といった新自由主義的改革志向の政治がポピュリズムとされてきた*4。またその過程では、毛沢東主義やカストロ主義なども、ポピュリズムとされてきた。このように多種多様なものがポピュリズムと総括されてしまうのは、これらの政治が単に我々が慣れ親しんだ政治的マトリックス(資本主義対社会主義、保守対リベラル)に収まりきらないためである。

ポピュリズム政治台頭の背景には、経済不況が影響していることは間違いなく、2010年代のそれはユーロ危機の痕跡が見られる。ただし、過去にポピュリズムという言葉が流通した時には、それが時代の構造的な転換期に当たるものだったことを想起すべきである。19世紀末は農業経済から工業経済への本格的離陸の時代であったし、戦後は都市化とサービス産業化の進展があった。90年代には欧州統合の深化があり、そして21世紀からは一層のデジタル経済発展と戦後最高水準の世界規模での人口移動がある。こうした変転にあって、現代のポピュリズム政治はこうした変化を好ましくないと思う人々の支持を集めることで伸長してきた。これは戦後の相対的な豊かさと安定が喪失されつつあることをも意味している。

ポピュリズム政治の三度の出現は、我々が大転換期にあること、先進国の政治経済上の分岐点に立っているということを教えてくれる。

*1 Anchal Vohra, "A Far-Right Takeover of Europe Is Underway". Foreign Policy,March 14, 2024.
*2 吉田徹、鷲田任邦「権力に就いたポピュリスト──民主制下の統治に与える影響とその条件の検討」、宇山智彦編『権威主義とポピュリズム』、白水社、近刊。
*3 Hooghe, L,et al., "Field of Education and Political Behavior: Predicting GAL/TAN Voting". American Political Science Review. Published online 2024.
*4 大嶽秀夫『日本型ポピュリズム』中公新書、2003年。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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