【時の話題:日本版ライドシェアのゆくえ】
伊藤 昌毅:ライドシェアが拓く地域交通の未来
2024/06/17

2024年4月、長らくUberの進出をはねのけていた日本で、ついに「日本版ライドシェア」が動きだした。既得権益のイメージが強いタクシー業界にとっても、保守的な判断をしがちな国土交通省にとっても、大変革といえる一歩である。
ライドシェアとは、一般のドライバーがアプリでのマッチングを経て自家用車によって旅客輸送を行うものであり、日本では「白タク」であるとして10年以上許可されてこなかった。このタイミングで議論の俎上に載ったのは、コロナ禍後に急速な移動需要の回復やインバウンド旅客需要の高まりがあった一方で、コロナ禍中に大きく減ったタクシーの供給がなかなか回復しなかったからだと考えられる。最近では、とくに都市部において、アプリを用いてもタクシーが呼べないという声が大きくなっていた。
現在、タクシードライバーの人手不足はさまざまな地域に共通する深刻な問題であるが、その経緯は地域によって大きく異なる。大都市部では、コロナ禍以前はタクシーの供給過剰が問題視されていたが、過疎地や人口規模の小さいエリアでは、コロナ以前から売上の減少やドライバーの低待遇などが課題となっており、事業者の廃業や撤退なども相次いでいた。
日本版ライドシェアは、2024年4月時点では道路運送法第78条3号の「公共の福祉を確保するためやむを得ない場合」を当てはめて実現しており、アプリのデータからタクシー不足の状況を把握し、国土交通省が地域や時間帯、台数を限定した上で認めるものである。一般のドライバーが自家用車を用いて旅客輸送を行うが、事業主体はタクシー事業者にのみ認められており、安全を確保するためのアルコールチェックなどの運行管理をタクシー事業者が行う。当初は東京、神奈川、名古屋、京都などに限って認められ、今後対応エリアを広げることになっている。
同時期に第78条2号の運用も見直され、従来からある自家用有償旅客運送制度でもライドシェアが可能になった。この制度は、バスやタクシーが撤退した過疎地のような交通空白地域において、NPO法人などが主体となって旅客サービスを提供するもので、運行形態や組織は地域に応じて多様であるが、高齢者の買い物や通院をボランティアの地域住民が自家用車を運転して支えるといった事例が多い。
今回の見直しで、地理的な交通空白だけでなく時間的な空白についても交通空白として認めること、運賃がタクシーの8割まで引き上げられ、事業性のあるサービスが可能になったこと、地域の交通事業者を含む地域公共交通会議で合意形成に至らない場合に首長の責任で実施することなどを認め、より広範な地域でこの制度に基づくライドシェアの実施を可能にした。
一連の制度改革を通して、タクシー事業がITを前提とした事業への脱皮に完全に舵を切ったと筆者は考えている。車両の呼び出しや決済はもちろん、ライドシェアドライバーの点呼やタクシー不足の判定などにもアプリやそのデータが用いられている。配車アプリの普及率には現状では大きな地域差があるが、ライドシェアをきっかけに、地方や過疎地においてもアプリの導入は必須となるだろう。
その時のメリットとして、ドライバーの増員以外の手段を組み合わせたタクシー不足の解消を図れることが挙げられる。配車依頼や決済のほとんどがアプリ経由になると、近年実施が認められたタクシーの相乗りサービスや需要に応じて運賃を変えるダイナミックプライシングなど、利用者の行動変容も伴いながらより効率的にタクシーを供給する仕組みが実施しやすくなる。
ITの恩恵は運行管理の高度化や効率化にもつながる。有償で旅客や貨物を運送する事業者は運行管理者を一定数選任し、ドライバーの勤務時間の管理や乗務前後の点呼などを通して安全を確保する義務がある。IT機器やAIの導入により実効性の高い安全確保を実現するとともに、現在は多くの場合に対面で実施する必要がある点呼のリモート化、集約化で、運行管理者の確保が難しい地方や過疎地での移動サービスを実現しやすくなるだろう。
こうした変革には大きな設備投資が必要となり、零細タクシー事業者には荷が重い。必然的にタクシー事業者の協業や合併などが進むだろう。場合によっては、配車アプリ企業を核とした業界再編に進む可能性も考えられる。
Uberの成功が示したのは、スマホにはタクシーを根本から変える力があるということだった。その直接の荒波を防いでいる間に、日本国内でも配車アプリの開発が進むなど技術の成熟が進んだ。今回の日本版ライドシェアの導入をきっかけに、日本中あまねく移動の足が確保できるサービスの実現に向けて業界が一丸となって進んでいくことを期待している。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年6月号
【時の話題:日本版ライドシェアのゆくえ】
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伊藤 昌毅(いとう まさき)
東京大学大学院情報理工学系研究科附属ソーシャルICT研究センター准教授・塾員