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【時の話題:日本版ライドシェアのゆくえ】
内藤 和美:保険学的見地から見た日本版ライドシェアへの期待と課題

2024/06/17

  • 内藤 和美(ないとう かずみ)

    慶應義塾大学非常勤講師

日本でも一般ドライバーが有償で利用者に運送サービスを提供する「日本版ライドシェア」が、2024年4月から部分的に解禁となりました。日本版ライドシェアは、タクシー会社による運行管理の下で、地域や時期・時間帯を限定してサービスが提供される点に特徴があり、タクシーのドライバー不足を補うという側面が強いと言えますが、ライドシェアのメリットはドライバー不足の解消に限られません。例えば、いわゆる「交通空白地域」での移動手段の確保、スマートフォンの配車アプリでドライバーと利用希望者をマッチングさせることによる移動の利便性向上、環境負荷の低減、一般ドライバーによる収益獲得機会の拡大、移動手段の確保による人々の健康やウェルビーイングの向上にも貢献することが期待されます。

一方、ライドシェアを健全に普及・発展させていくためには、利用者が安心安全にサービスを利用できる仕組みの構築が必要であり、こうした仕組みの中でライドシェアに対応する保険の提供は欠かせません。

ここで、ライドシェア向け保険が有する伝統的な自動車保険と比較した特徴は3点あると考えられます。1点目は、保険に加入する主体が、伝統的な自動車保険ではおもにマイカー保有者などの個人であるのに対し、ライドシェア向け保険では運行を管理する事業者となる点です。2点目は、ライドシェア向けの保険は、オンデマンド保険(必要な期間に必要な補償だけを受けられる保険)や利用ベース保険(利用状況などのデータを基にリスクに見合う保険料を支払う保険)となることです。もっとも、伝統的な自動車保険でもすでに、オンデマンド保険の一日単位型自動車保険や利用ベース保険であるテレマティクス自動車保険が普及しつつあります。3点目は、ライドシェアが今後、MaaS(Mobility as a Service)のような移動サービスに組み込まれることにより、ライドシェア向けの保険もまたMaaS保険のように、さまざまな移動手段の利用にともなう多種多様なリスクを包括的に補償する保険へと進化していく可能性があることです。

日本の大手損害保険会社は、ライドシェアの部分的解禁を受けて、ライドシェア専用保険の開発・販売を開始しています。例えば、三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険は、ライドシェア事業者の認可基準(損害賠償能力を担保するために対人8,000万円以上および対物200万円以上の任意保険・共済に加入していること)に対応するタクシー事業者向けの自動車保険を販売しています。本保険の特徴は、ライドシェア業務中に限定した補償の提供(オンデマンド型)であり、かつ、ライドシェア稼働日数に応じた合理的な保険料の支払い(利用ベース型)に見られます。

なお、政府はタクシー会社以外の事業者によるライドシェア事業への参入を認めるかどうかの検討を始めており、タクシー事業以外の者がライドシェア事業を行うために必要となる法律制度について議論されています。

令和5年12月26日規制改革推進会議「規制改革推進に関する中間答申」によれば、「ライドシェア事業者に対する徹底した安全対策のための規制の導入」が論点とされ、具体的には、ライドシェア事業者の利用者に対する直接的な法的責任、ドライバーの自賠責保険・任意保険の確認、事業者によるドライバーの運行管理や保険加入義務などが安全対策として挙げられています。

将来的には、日本でも米国のUberのようなプラットフォーム事業者がライドシェア事業に参入することも想定されます。その場合には、現在Uberが加入している保険も参考に、事業者向けのライドシェア専用保険を開発することが必要になると考えられます。

Uberのウェブサイトによれば、ドライバーの状況に応じて時系列的に適用される保険が変わり、オフラインではドライバー個人の自動車保険、配車リクエスト待ちと乗客の迎車中・乗車中ではUberが加入する自動車保険が、それぞれ適用されます。また、Uberが加入する自動車保険は、対人・対物賠償責任補償(迎車中・乗車中は一事故につき最高100万ドル)に加えて、人身傷害補償(相手方が無保険車または補償が不十分な場合)や車両の時価を上限として衝突時などの車両損害を補償します。

このように、ライドシェア事業者が加入する専用保険は、対人・対物賠償責任リスク、ドライバー等の人身損害リスク、車両損害リスクを包括的に補償し、ドライバー自身の自動車保険では不足する補償を提供する役割が求められます。また、ライドシェアでは、配車アプリの利用やキャッシュレス決済に伴う不具合発生などのサイバーリスクや、運行中に乗客とドライバー間でトラブルが発生するリスクも想定されるため、こうしたライドシェア特有のリスクにも対処できる専用保険の開発が期待されます。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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