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【時の話題:日本版ライドシェアのゆくえ】
菊池 尚:交通空白地から拓く神奈川県版ライドシェアの挑戦

2024/06/17

  • 菊池 尚(きくち たかし)

    逗子菊池タクシー代表取締役社長、社団法人神奈川県タクシー協会副会長・塾員

令和6年4月、神奈川県東部である三浦市の地域で、神奈川県版ライドシェアの実証実験「かなライド@みうら」が始まった。三浦市が運送主体となり、三浦市在住者または在勤者20名程度をドライバーとして見込む。既存のタクシー事業者も三浦市から委託を受け、運行管理・整備管理を担う。

「かなライド@みうら」の対象エリアは、三浦市全域。おもに三浦市南部を出発地として、19時から深夜1時にかけてライドシェアが導入されている。中でも三崎地区は三崎漁港があることから飲食店が多い繁華なエリアとして知られ、新鮮な魚介類を求めて県内外からも多くの行楽客が訪れる。

エリア内の鉄道駅は京浜急行線の三崎口駅と三浦海岸駅があるが、どちらも漁港から離れている。行楽客の多くは鉄道駅と漁港とをバスやタクシーで行き来し、外からの行楽客は、日中は漁港周辺のエリアで回遊している。日帰り中心の観光地であり、三浦市のタクシー需要はこうした行楽客によっても支えられている。一方、三浦市内は宿泊施設の数が限られ、夜間の飲食店を訪れる多くは地元客である。夜間のタクシー需要は激減し、19時にはタクシー会社も営業を終えている。

漁港から最寄りの三崎口駅まで徒歩で1時間半ほどかかるため、こうした状況下で外食後の夜の足がないことを、地域の人々が黒岩祐治神奈川県知事に訴えかけたことで神奈川におけるライドシェアに向けた議論は始まった。

実証実験に向けた準備として、神奈川県、三浦市のタクシー事業者と業界団体、および国土交通省関東運輸局が参画メンバーとなり、令和5年10月の第1回検討会議から議論を重ねてきた。筆者も神奈川県タクシー協会の一員としてこの会議に加わってきたが、普段は逗子市・葉山町・鎌倉市を営業エリアとして祖父の代から続くタクシー会社を経営している。

タクシー事業者の観点から言えば、東京都心部などで見られる“流しタクシー”の営業は、郊外や地方の小都市では少なく、大部分は通勤や買い物の帰宅客に備えて駅のロータリーに待機する“構内タクシー”か、無線・アプリ等を通じて駆けつける“無線配車タクシー”のいずれかである。配車の場合、基本的にタクシー会社の運行管理室を通してドライバーに要請が入り、現地に向かうこととなる。

配車営業を行う場合、ドライバーの他に運行管理を担う人員を営業所に置くこととなり、鉄道駅のない三浦市南部では需要の減る夜間であっても少なくとも一人以上の人件費を割かなくてはならない。今回の実証実験ではこうした負担が解消されることも期待されている。ちなみに「かなライド@みうら」では三浦市のタクシー会社2社が運行管理を担っている。

「かなライド@みうら」ではタクシーと同額程度の運賃でライドシェアが利用できる。配車アプリ「GO」を活用し、配車管理や代金決済、ドライバー評価が行われる。ドライバーにはドライブレコーダーや車内カメラの設置、車両整備等が義務付けられている。

ドライバーは三浦市と委託契約を結ぶが、市はドライバーに対して最低賃金にプラスした費用を支払う。神奈川県の最低賃金は1,112円で、本来これを支払うためには一時間あたり3,000円の売上げが必要だ。この実証実験では、委託を受けたタクシー会社は運行管理の他、面接や教育も担っており、将来的にタクシー会社がドライバーの雇用(委託契約)を担うことになった場合、この売上げ確保の可否が議論の分かれ目となるだろう。

旅客の安全確保の面で言うと、採用時の教育はもちろん、日々の営業では始業・終業の際に営業所で点呼を行い、アルコールチェックや健康チェックを行うのが基本だが、今回の実証実験ではデジタル技術によりそれが遠隔で行えるようになったことが大きい。また、神奈川県と保険会社が新たに開発したライドシェア専用の保険にも加入し、乗客への保障にも備えている。

この実証実験は、自家用有償旅客運送許認可の根拠となる道路運送法第七八条二号の弾力的運用によって実現した。白ナンバーによるタクシーの要件となる「交通空白地」の定義を、車両不足が深刻な地域や曜日、時間帯に限り解禁するというものである。

この背景には運送業界全般に生じている高齢化と人手不足の問題がある。タクシードライバーの年齢層は50~70代が多くを占め、近年は若年層や女性ドライバーも増えているものの、その動きはまだ限定的である。

筆者が代表を務めるタクシー会社では、郊外の住宅地エリアが中心となるため、拠点駅のバス運行時間外の通勤通学利用や、日中でもバス停留場から離れた地域での通院・買い物利用の需要が高い。小社ではこうしたニーズも踏まえ、介護タクシーや子育てタクシー(チャイルドシート付き)を導入し、ドライバーにも資格教育を施し対応しているが、交通空白地の需要は多様化している。全国に先駆けて始まった神奈川南端での実証実験が地域の足にとって課題解決のロールモデルとなることを願っている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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