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【時の話題:ガザへの視線】
保坂修司:ガザ情勢と日本

2024/04/09

ガザのビーチで海水浴を楽しむ人々(2004年、藤屋リカ撮影)
  • 保坂 修司(ほさか しゅうじ)

    日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長、日本中東学会会長・塾員

パレスチナ・ガザを実効支配するイスラーム主義組織ハマースが2023年10月7日、イスラエルを奇襲攻撃した。それに対し、武力で圧倒的に勝るイスラエルが反撃し、ガザに攻め入ったため、中東情勢は泥沼状態となった。イスラエルの死者は約1400人、一方、ガザではすでに約3万人以上が亡くなり、しかも、その多くが子どもや女性であった。さらに、イスラエルによるガザ「完全封鎖」で、人道物資搬入が滞り、ガザでは未曾有の人道危機が現出している。また、戦闘はパレスチナにとどまらず、レバノンやイエメンにも波及している。

こうした事態に日本でもたくさんの人が立ち上がった。イスラエルを支援する人もいるだろうし、パレスチナを支援する人もいるだろう。われわれ日本の中東研究者も同様である。イスラエルやパレスチナの専門家でなくとも、同じ中東地域に携わるものとして、多くがガザ情勢に心を痛め、中東専門家の責務として、事態鎮静化に向け行動を取らねばならないと考えるのは道理である。

まず、10月17日、「中東研究者有志」が即時停戦と人質解放、人道支援促進、国際法・国際人道法遵守、諸問題の平和的・政治的解決に向けた環境整備を柱とする「ガザの事態を憂慮し、即時停戦と人道支援を訴える中東研究者のアピール」を発表、多数の賛同者を得た。

その後、日本オリエント学会、日本中東学会、日本イスラム協会と、日本の中東研究者の大半が参加する学会が次々と声明を発出した。4つの声明を比較すると、内容はあまり変わらない。重要なのは、この段階ではハマースにしろ、イスラエルにしろ、名指しでの非難を避けた点だ。日本国内、そして中東関連学会にも親イスラエル、親パレスチナがおり、その双方からこれでは生温いとの批判が出た。しかし、この時点では、幅広い賛同を得るにはこのあたりがぎりぎりの線であった。

われわれは日本の研究者なので、上記中東関連学会の声明でも日本政府に対する要望が含まれている。たとえば、日本中東学会理事会声明では、日本政府に対し、1.事態のエスカレートを防止し、政治的解決に向けた環境づくりに協同、2.社会・経済インフラの修復に向けた国際的支援体制を構築し、3.紛争鎮静化後に問題の最終的・恒久的解決に向け、新たな国際的枠組を創出する、ことを呼びかけている。

実は、日本のパレスチナ問題に対する立ち位置は、1973年の第1次石油危機でアラブ寄りにシフトして以来、欧米のそれとは異なっている。それこそがアラブ・ムスリム諸国が日本を信頼してくれた要因でもあった。

ところが、今回のガザ戦争では日本はかなり早い段階からイスラエル寄りとも取れる姿勢を示していた。事件当日、外務報道官は、ハマース等を強く非難、当事者に最大限の自制を求める談話を発出し、翌日にはハマース等をやはり強く非難する外相談話が出された。このときには人質の早期解放、ガザでの死傷者への憂慮にも言及された。なお、同日、岸田首相も同じトーンの声明を出した。

そして、10月11日、岡野正敬外務次官はイスラエル駐日大使との会談で、ハマース等の攻撃を「テロ」という言葉を用いて非難した。以後、首相も外相も、アラブ政府関係者との会談を含め、一貫してハマースの攻撃をテロと呼ぶようになった。もちろん、ハマースの攻撃がテロとみなされるのは国際法からみて当然である。ただ、このようなトーンでは、米国やG7諸国との差、つまり日本の独自性が見えてこない。日本を信頼してくれていたアラブの人びとから日本に対する不満、怒り、失望の声が上がったのも宜なるかなである。

さらに、日本の中東政策の司令塔である外務省中東アフリカ局長が2024年1月に、アラビストで中東に豊富な経験とネットワークをもつ長岡寛介局長から中東とはほぼ無縁だった安藤俊英領事局長に代わった。中東が大騒ぎの最中に司令塔を代えた政府の真意は不明だが、後任に中東専門家を据えなかったのは、中東軽視と見なされてもしかたないだろう。

その後、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)職員にハマースが入り込み、奇襲攻撃に関与したことが明らかにされると、米国や西側諸国とともに、日本もUNRWAへの資金拠出を停止した。もちろん、テロへの加担は絶対に許されないが、資金拠出停止で苦しむのは、パレスチナの民間人である。そもそも日本のパレスチナ支援の中核には常にUNRWAがあったのだが、今回、みずからそれを放棄してしまったわけだ。

近年、中東における日本のプレゼンスの低下が著しい。日本にとって、もはや中東は重要ではないということであろうか。とはいえ、日本はいぜんとして石油の90%以上を中東から輸入しており、物流でもバーブルマンデブ海峡など中東のチョークポイントに依存している。実際、ガザ紛争の拡大で日本企業の運航する貨物船が紅海で拿捕されるなど、日本への直接的な影響も出ている。中東の混乱はけっして他人事ではないはずだ。

(追記:昨年10月のハマースのイスラエル奇襲攻撃にUNRWA職員が関与したとの疑惑を受け、日本はUNRWAへの資金拠出を停止していたが、日本の上川外相は4月2日、資金拠出を再開すると発表した。ガザでの人道危機の悪化とUNRWAのガバナンス改善を受けての措置という。)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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