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【時の話題:北陸のちから】
岩本健嗣:北陸新幹線敦賀延伸開業にあたっての期待──富山県でのデジタルを活用した観光施策を振り返って

2024/02/09

  • 岩本 健嗣(いわもと たけし)

    富山県立大学工学部情報システム工学科教授、富山県デジタル化推進特命ディレクター・塾員

まず初めに、この度の能登半島地震に被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

開業当時の振り返り

2015年3月の北陸新幹線開業に伴い2016年3月には、観光振興を戦略的に推進するための計画として「新・富山県観光振興戦略プラン」が策定されました。この資料によれば、観光マーケティングの重要性から日本版DMO(観光地域づくり法人)の設置・整備を行うことが謳われており、実際に富山県では県観光連盟を強化して「とやま観光推進機構」を設置しました。後述する私の取り組みはこの「とやま観光推進機構」との共同研究として実施しました。

また、日本政策投資銀行によれば、開業前240万人ほどであった首都圏から富山県への人の流動は新幹線開業後、約4割増の328万人(2017年)となっており、その効果の大きさが窺い知れます。観光に関しても、開業前1238万人の入れ込み数(観光庁基準)が2015年には1523万人の23%増となっており、その後も同様の水準を維持しています。

このように、新幹線の開業は数字でみても富山県の観光、産業にとって大きなインパクトがありました。

「とやま観光推進機構」との取り組み

2016年、上述のとおり設立された「とやま観光推進機構」から、私は観光マーケティングをデジタルで推進していく方向性についての相談を受けました。当時、すでに様々な観光サービスのデータはプラットフォーマーが握っている状況でした。また、いわゆる携帯電話キャリアが顧客の位置情報データの販売も行っており、DMOなどへの売り込みも多く行われていました。しかし、データを継続的に購入し続けることは財政的に難しいため、私が最も重視してアドバイスしたことは、観光客のデータを自前で収集する仕組みを作り、継続的なマーケティングの実施を行うことでした。

そこで2つの方法を提案し、それを私の研究室との共同研究で進めることとなりました。1つはWebアンケートのシステムです。それまで紙を使って観光地などで集めていたアンケートをWeb化し、どこからでも回答できるようにしました。Webアンケート自体は技術的に進んだものではありませんが、まずは自前でデータを集める基盤をDMOとして整備したことは、意識づけとしても大事なことであったと今でも思います。

もう1つの柱が、富山県を訪れる観光客の誰にも使っていただけるような観光アプリの開発でした。位置情報のバックグラウンドでの収集や上記のアンケートデータと紐づけることによる属性情報の収集、アプリ上で閲覧した情報の収集など、「どんな観光客が、どのような情報に興味を持ち、実際にどこに行ったのか」を集める基盤を目指して開発を行いました。

Webアンケートは今でも実施しており、長い期間にわたって継続的なデータ収集を行うことに成功したと考えています。一方で、アプリの取り組みは、意欲的であった分、技術的にうまくいかなかったところや、市町村の協力を取り付けることができず魅力的なコンテンツを維持し続ける体制が作れなかったことなど、反省点も多く、コロナ禍をきっかけに縮小する状況になってしまいましたが、観光客の行動変容の研究を行うなど、一定の成果も上げることができたと考えています。

行政における観光政策の課題

今から振り返るとDXと呼ばれる取り組みを行っていたと総括することができると思いますが、その過程では様々な問題がありました。特に前記のようなデータを収集するにあたって、DMOに参加する市町村や県の観光担当者には、「政策立案にあたってどのようなデータを利活用したいか」などをヒアリングしたものの、明確な答えを得ることはできませんでした。

私見ですが、多くの政策は引き継ぎであったり、要望ベースで作られており、EBPM(Evidence Based Policy Making: 証拠に基づく政策立案)という考え方は今以上に浸透していなかったと思います。一方で、この共同研究を通じて、デジタルデータの利活用のワークショップを開くなど、意識を少し変えるお手伝いができたと考えています。

敦賀延伸開業と今後について

最後に、敦賀延伸開業に関して今後必要になると思われることを述べたいと思います。それは、北陸3県を訪れる観光客の活動やニーズを取れるデジタルデータの共通プラットフォームを整備していくことだと考えます。

観光客を捉えるのに、県という区分けでデータを別々に扱う意味はありません。実際すでに3県でアンケートデータを共通化するといった動きが出てきており、前述のアンケートシステムも改修を行っているところです。今後このような動きが加速し、データに基づく北陸地域の観光振興が進むことを期待しています。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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