【時の話題:睡眠の力】
佐渡充洋:マインドフルネスを叶える睡眠
2023/12/25
内面で起きていることに気づく
マインドフルネスが、人口に膾炙している。これは筆者がマインドフルネスの研究に取り組み始めた2010年ころには、想像もできなかったことである。
マインドフルネスが意味するところはさまざまであるが、比較的よく用いられる定義は「今この瞬間に、意図的に、価値判断することなく注意を向けること」であろう。これはマインドフルネスストレス低減法を開発したジョン・カバットジンによる定義である。こうしたマインドフルな意識で、現実に丁寧に目を向けることで、私たちは外界で起きていることだけでなく、自分の内面で起きていること(自分の思考や感情、身体反応など)にも、ありのままに気づきこれを認めることができるようになる。そして外的な現実も内的な現実も、それをありのままに認識することができるからこそ、私たちはその現実に、より適応的に対応することが可能になるのだ。
こうした気づきは、普段の生活ではなかなか意識に上りづらい自分の内面にあって大事にしている価値観や思いなども含まれる。これらは精神分析で言うところの「前意識」あるいは「無意識」に該当するものとも言えるかもしれない。
マインドフルネスに必要な要素
マインドフルネスがこうした機能を発揮するからこそ、我々はマインドフルネスを通して単にストレスを軽減するだけなく、自分自身の生活をより実りあるものにすることができるが、その基盤となる脳の機能の1つが、「注意力」である。
注意の働きは、暗闇における懐中電灯が果たす役割に例えることができる。暗闇でガサガサという音がして「なんだろう」と不安になったときのことを考えてみよう。あなたは懐中電灯を取り出し、音のした場所に光を向ける。するとそこに鳥がいることがわかり、「なんだ、鳥か」とホッと一安心する。
そこにいるのが鳥だとわかるのは、懐中電灯の明かりが、音のした場所にしっかりと向けられ、そこにいる鳥を照らしてくれるからだ。もし懐中電灯を持つ手があちこちへとぶれ続けていたらどうだろうか。暗闇の中を光がさまよい、音がした場所に何があるかを認識することは困難だろう。
現実を認識するために注意が果たす役割は、暗闇における懐中電灯が果たす役割に似ている。何が起きているのかをありのままに認識するためには、起きている現象にきちんと注意をとどめて丁寧にそこにある現象を観察する力が必要になるのだ。
しかし驚くほど、私たちの「注意」は散漫である。数分間呼吸に注意を向けるという簡単な瞑想がある。これは息を吸ったときにお腹が膨らむ感覚、息を吐いた時にお腹が凹む感覚、こうした感覚をただ丁寧に数分感じ続けるのである。
試してみるとわかるが、ものの30秒もしないうちに注意が呼吸から離れて「そういえば、明日は忙しいんだったなあ」とか「今度の日曜日どこに出かけようか」といったようなことを考えていることに気づく。こうしたことからも私たちの注意がじつにさまよいやすいものであることがわかる。
だからマインドフルネスでは、瞑想という形を通して自分の意図したところに注意を留め、そこにある現象をありのままに認識するトレーニングを行なっていくのである。
睡眠と注意
しかしこうしたトレーニングによって注意を制御する力を身につけたとしても、注意の状態は睡眠状態によって低下してしまう可能性もある。
少し古い研究になるが、van Dogenらによって2003年に発表された論文によると、6時間睡眠がおおよそ12日続くと一晩徹夜したのとほぼ同等の注意力に低下すること、4時間睡眠が14日続いた場合は、2日徹夜したとき以上に注意力が低下することが明らかになっている。
このことからもマインドフルネスによって、起きている現象に丁寧に目を向け、ありのままにそれを認識するためには、ただ単にマインドフルネス瞑想を行うだけでは十分でないことがわかる。適切な睡眠を確保することもまた、マインドフルネスの基盤となる適切な注意を維持するために重要なのである。
注意の制御と適切な睡眠
以上のように、マインドフルネスを叶える睡眠について議論するために、マインドフルネスが外的、内的な現象をありのままに認識し、これを認める力であること、そのためには注意の制御が基盤になる。
また注意力は睡眠の悪化によって大きく低下することからマインドフルネスを叶えるためには、マインドフルネスのトレーニングを実践するとともに、適切な睡眠を確保することもまた重要なのである。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2023年12月号
【時の話題:睡眠の力】
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佐渡 充洋(さど みつひろ)
慶應義塾大学マインドフルネス&ストレス研究センター センター長