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【時の話題:野球で地域おこし】
須賀優樹:野球を「市場」という視点から考える

2023/06/07

  • 須賀 優樹(すが ゆうき)

    合同会社エスシード代表・塾員

2023年3月に開催されたWBC(World Baseball Classic)では、日本代表が躍進し14年ぶりの世界一に輝きました。その経済効果は国内だけで600億円と試算され、改めて野球競技の人気やビジネス価値を証明したと言えるでしょう。日本のスポーツ全体においても大きな市場を形成する野球ですが、今回は「野球の価値」や「地域活性化」という視点に目を向け、経済的価値や社会的価値、野球を通じた「まちおこし」についてスポーツマネジメントの視点も踏まえながら迫っていきたいと思います。

まずは日本野球の全体像について簡単に解説します。日本野球は複数の組織によって統括されており、それぞれが異なる年齢層や競技レベル、ボールの種類に対応しています。例えば、軟式野球については「全日本軟式野球連盟」、高校野球と大学野球は「日本学生野球協会」、プロ野球は「日本野球機構(NPB)」がそれぞれ統括するような構造になっています。

近年盛り上がりを見せている「独立リーグ」は、NPBとは異なるかたちで「プロ野球」として扱われ、NPBのドラフト制度においても「プロ選手」として扱われます。しかし、このような統括組織の混在は、日本野球の全体像の把握が難しくなるという問題や、各連盟や協会が独自に方針やルールを定めて活動しているため、日本全体としての野球の方向性や施策を統一することが難しい、という問題を含んでいます。

次に、野球が持つ経済的・社会的な価値についても考えてみます。経済的価値はとくにNPBの球団を持つ地域で顕著です。試合が開催されるたびに何万人もの観客が移動し、その結果、交通、飲食、宿泊などの周辺産業が潤います。

具体的な数字では、阪神タイガースの2003年リーグ優勝時には1480億円、広島東洋カープの2016年リーグ優勝時には353億円もの経済効果があったとされているように、他の娯楽と比較しても野球は巨大な経済効果をもたらすコンテンツとしての価値があります。

一方、野球が持つ「社会的価値」については、日本の野球を下支えしている「軟式野球」の例が非常にわかりやすいでしょう。本稿執筆時点で全日本軟式野球連盟には全国で39,313の軟式野球チームが加盟していると公表されています。また、令和4年度の日本スポーツ協会に登録されているスポーツ少年団の競技団体数においては、軟式野球の登録チーム数が6,110と最も多く、同じく人気スポーツであるサッカーの3,533チームと比較すると、ほぼ2倍近い数になります。この事実から、軟式野球は地域スポーツとして非常に多くの社会的価値を生み出していると言えるでしょう。

軟式野球は硬式野球に比べてグラウンドのサイズが狭くてもプレーできることや、安全性が高いといったメリットがあるため、野球全体にとっても重要なコンテンツです。今後、野球の「社会的価値」をさらに高めていくことを考えると、軟式野球を楽しめる環境や、軟式野球の競技人口をいかに増やしていくかがポイントになるでしょう。しかし、近年は競技人口の減少、それにともなうチームの統廃合、指導者不足、保護者の負担などが問題となっており、とくに学童野球においては転換期に差し掛かっていると言えます。

これらの課題を乗り越え、新たな可能性として注目されるのが「野球で地域おこし」というアプローチです。2011年の東日本大震災で被災した岩手県の復興を支援するために、2014年に三陸鉄道が結成した草野球チーム「三陸鉄道キットDreams」はその一例です。選手は三鉄の職員と沿線住民で構成され、ゼネラルマネジャーには元メジャーリーガーの岩隈久志氏を招聘しました。現在は積極的な情報発信などはしていないようですが、地域住民、企業、元プロ選手といった多様な人材が「野球」という競技を通じて交流を深め、震災からの復興を目指しています。

また、2021年に設立された「北海道フロンティアリーグ(HFL)」という独立リーグも注目に値します。HFLでは、選手が野球を続けながら、また野球を辞めた後も「北海道で就労する人材」になることを目指し、選手たちは地元の農業や小学校教員などをしながら野球に打ち込んでいます。独立リーグとして「野球を見せるだけ」であれば、「興行」あるいは「エンタメ」といった位置づけに限定されてしまいますが、選手が地元で「就労」をすることによって、選手自身が「地域住民」になり、地域経済の活性化や地方への移住といった大きなメリットをもたらします。

野球は少子高齢化の影響で競技人口やチーム数が年々減少傾向にありますが、「地域おこし」という視点で考えると、とても価値の高いコンテンツであることは間違いありません。「野球を何かに活用する」という視点で考えると、未来の可能性が広がります。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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