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【時の話題:野球で地域おこし】
伊藤悠一:BCリーグ監督に求められるもの

2023/06/07

  • 伊藤 悠一(いとう ゆういち)

    茨城アストロプラネッツ監督・塾員

今年3月、日本のWBCでの戦いぶりに、多くの国民が歓喜した。3大会ぶりに世界一を奪還した大会を通して感じたのは、野球人気はいまだに根強いということだった。

私は今、野球を通してどのようなかたちで社会貢献ができるのか、考えながら実行する日々を送っている。「ふるさとのプロ野球」として発足17年目を迎え、東北・関東・甲信越の8県を拠点とするBCリーグ。子どもたちの夢を追う環境や、スポーツを通した“地域の未来”を考えていきたい。

BCリーグ憲章は、次のとおり定められている。

地域の子どもたちを、地域とともに育てることが使命である。
常に全力のプレーを行うことにより、地域と、地域の子どもたちに夢を与える。
常にフェアプレーを行うことにより、地域と、地域の子どもたちに夢を与える。
野球場の内外を問わず、地域と、地域の子どもたちの規範となる。

特筆すべきは「地域」と「地域の子どもたち」という文言である。

BCリーグを立ち上げた村山哲二代表は、「少年時代に野球場で味わった夢と興奮の舞台を、生まれ育った地で創造し、低迷する野球人気を地域から復活させ、それを全国に拡げることによって子供たちに本物の野球のすばらしさを伝えたいという思いが出発点」とつねづね語っている。

つまり、12球団で行われているNPB(日本プロ野球)以上に、地域の人たちから愛され、励まされ、応援され、支えられる──。“地域”が主となってかたちづくられていくリーグだということである。そして、その舞台を通して、地域の子どもたちに間近で選手たちのプレーを見てもらい、「夢」と「感動」を与える存在であり続ける必要があるということである。

申し遅れたが、私は大学卒業後10年間、NHKのディレクターとして働いてきた。テレビの世界で学んだことが、私の原点でもある。取材相手からさまざまな話を聞き、世の中で起こっている事象から社会について考える。そして、組織を束ねる必要性や手段、番組を見てくださる視聴者に対して、わかりやすく、魅力的に伝える術を学んだ10年でもあった。

もっと社会に影響を与え、貢献できる人でありたい──そんな想いが芽生える中、昨年末、野球経験・年齢・性別不問など、野球人以外も含めて広く人材を募集する「監督トライアウト」に応募。内定をいただき、今年1月からBCリーグ・茨城アストロプラネッツの監督になった。

高校まで野球経験のある私だが、プロリーグに在籍したことも、野球指導の経験もない。ではいったいなぜ私が採用されたのか──。求められているのは、野球の細かな技術を教えることではない。投手・野手のポジション別コーチや、トレーニング・トレーナーなど各分野に秀でた専門家たちを束ね、選手の成長をサポートし勝利に導く、いわば「組織マネジメント」である。

この「組織マネジメント」はテレビ局のディレクター時代と重なる部分も多い。作りたい番組の方向性を提案し、カメラ・音声・編集・アナウンサーなど多様な価値観を持つ専門家たちをまとめ上げながら、1つの目標(番組制作)に向かっていく。まったく異なる世界のように見えるが、求められる役割や組織内での動き方は一緒だ。野球界の中では模範となる前例もなく困難も多いが、私自身の経験を生かすとともに、プロ野球の世界に一石を投じるチャレンジになるようやっていきたいと考えている。

さて、先に述べた「地域」と「地域の子どもたち」のために、監督として何ができるのか──。私は、ここでも前職の経験を生かしていく必要があると感じている。ディレクター時代、さまざまな番組を通して“地域”や“子どもたち”を描く機会があった。そこで感じたのは、社会の仕組みとして、地域や子どもたちの優先度が高いとは言いがたい状況になっていることだった。

私個人の考えだが、近年身近な利益を優先する社会に加速したことで、東京一極集中を招き、地方が置き去りになってしまったと感じる。さらに、人口が多い年代の意見や考えが優先されたことで、日本の未来を担う子どもたちが生きにくい社会になってしまったと感じる。

そのような状況を打破するためにも、地域と子どもたちを野球の力で元気づけること。そして、夢を与えられるチームであること。勝敗や選手の育成だけではなく、地域や子どもたちにきっかけを提供できる場づくりも、監督に求められていることだと感じている。

地域が元気になれば、子どもたちが元気になる。子どもたちが元気になれば、地域が元気になる──。

私が意識していきたいのは、県内唯一のプロ野球チームとして、地域に溶け込み、地域や子どもたちから誇りに思ってもらえるチームをつくることだと感じている。夢がないと言われる子どもたちが増える中、チームの活動を通して何かを感じてもらいたい。それが、野球で地域を活性化し、地域や子どもたちの未来を考えることだと信じている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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