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【時の話題:こども家庭庁の発足】
田中佑季:こども基本法制定の意義と今後の課題

2023/04/17

  • 田中 佑季(たなか ゆき)

    帝京大学法学部助教・塾員

2022年6月、「こどもまんなか社会」の実現に向け、こども家庭庁設置法とともに「こども基本法」が制定・公布された(2023年4月1日施行)。こども基本法は、子どもの権利擁護や子ども施策の総合的推進を目的とし、「差別の禁止」、「子どもの最善の利益」、「生命、生存及び発達に対する権利」、そして「子どもの意見の尊重」という子どもの権利条約の4つの原則を踏まえた基本理念を掲げている。

子どもの権利をめぐる国際的な流れは、国際文書として子どもの人権に初めて言及した1924年のジュネーブ宣言に始まる。その後、世界人権宣言(1948年)や児童の権利に関する宣言(1959年)などを経て、1989年に国連総会で子どもの権利条約が採択された。この条約により、子どもは権利の主体であることが明確になった。

日本が1994年に条約を批准した際、政府は、条約実現にあたっての立法措置はすでに講じられているとし、条約履行のための新たな国内法の制定や改正は必要ないとする立場に立った。条約の批准後も、子どもの権利に関する基本法の制定を求める主張が続き、また多くの自治体で子どもに関する様々な条例が制定されるなどしたが、条約に対応する国内法は整備されなかった。しかし、条約批准からすでに30年が経とうとしているが、子どもの権利を侵害する事案は後を絶たない。児童虐待やいじめ、体罰、子どもの貧困などに加え、近年では、ヤングケアラーやSNSをめぐる権利侵害、「ブラック校則」なども指摘されている。児童虐待防止法(2000年成立)などの個別の法律によって対応がなされてきたが、子どもの権利を守る包括的な法律は存在せず、新たな立法措置が強く求められていた。

こども基本法は、先に挙げた子どもの権利条約4原則とともに、子どもの健やかな成長のための養育環境の確保や子育てに関する社会環境の整備を基本理念として掲げている。国や地方公共団体には、法の基本理念に則った子ども施策を策定・実施する責務を定め、政府には、子ども施策の総合的推進のための「こども大綱」の策定を義務付けるなどしている。こども基本法は、子どもに関わる具体的な政策策定や取組みの共通基盤となり、子どもの権利保護のための制度を体系的に構築するにあたって重要な役割を担うことになる。今後の具体的施策の法的根拠となることから、こども基本法に子どもの権利が明記された意義は極めて大きいと言える。子どもの権利保護の促進が期待される。

一方、こども基本法に基づく子ども施策策定にあたっては、当事者である「子どもの声」が重要となるが、子どもが自ら声を上げることができ、その子どもの声を十分に聴くことができる社会をどのように構築していくかが大きな課題となる。子どもの権利条約の原則であり、こども基本法にも盛り込まれた「子どもの意見の尊重」実現に向けた体制の強化である。

子どもが自ら声を上げるには、子どもが自分の権利を知っていること、そして周りの大人が子どもの権利を認識し、支援することが不可欠である。しかし、日本では、子どもの権利条約について十分に周知されておらず、子どもの権利に対する社会の認識は高いとは言えない。条約やこども基本法の存在・内容を広く社会に周知し、子どもの権利に対する1人ひとりの意識を高める必要がある。そして、子どもが声を上げやすく、子どもの声に十分に耳を傾けることができる体制を作らなくてはならない。そのためには、周りの大人の協力が当然に求められるが、加えて、「子どもの代弁者」の存在を強化する必要がある。

現在、日本には、子どものための独立した国の権利擁護機関(コミッショナー/オンブズパーソン)は存在せず、国連子どもの権利委員会から設置に関する勧告を受けている。自治体では、兵庫県川西市が1999年に国内初となる「子どもの人権オンブズパーソン」を設置し、現在までに30以上の自治体に同様の機関が置かれ、また、家事事件手続に目を向ければ、子どもの手続代理人制度が設けられるなど、「子どもの意見の尊重」を実現するための自治体の機関の設置や法的な制度の導入が進められている。こども基本法にも、子どもの権利条約や基本法の内容の周知及び子ども施策に対する子どもの意見の反映に関して定められたが、「子どもの意見の尊重」をより一層促進するため、国の権利擁護機関の創設をはじめとする体制や制度の強化は急務であると言えよう。具体的な検討が待たれる。

こども基本法の制定は、子どもの権利保護の「第一歩」であると言われる。ようやくその一歩を踏み出したわけであるが、重要なのは、ここからの歩みである。社会を構成するすべての人々が共に歩んでいかねばならないことは言うまでもない。こども基本法、そしてこども家庭庁を軸に進められる今後の具体的な子ども施策に期待し、「こどもまんなか社会」の実現を強く願う。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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