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【時の話題:こども家庭庁の発足】
赤林英夫:ポストコロナの教育格差とこども家庭庁の役割

2023/04/17

  • 赤林 英夫(あかばやし ひでお)

    慶應義塾大学経済学部教授

新型コロナパンデミックがもたらす長期的な問題として、次世代への影響が懸念されています。

日本でも、2020年3月から学校は一定期間閉鎖され、教育は家庭に頼らざるを得なくなりました。子どもの日常生活は大きく変化し、学校外教育もオンラインの比重が高まりました。

しかし、学びへの関心の低い子ども、社会経済的に不利で情報環境の整わない家庭の子どもにとって、教室での授業に比べオンライン授業では、相対的に学力が伸びにくいことが、コロナ前の研究から明らかでした。だとすると、学びのオンライン化は、家庭や育ちによる学力の差の固定化を促す可能性もあります。

私たちの研究グループは、2020年に内閣府が収集したデータを用いて、子どものオンライン教育を希望し、実際に使うのはどのような家庭か、分析を行いました(Akabayashi et al. 2023)。その結果、新型コロナ陽性患者の急激に増加した地域では、私立の子どもや高学歴の親の子どもが、学校外教育でオンライン学習を経験する傾向が増加したこともわかりました。さらに、高所得家庭、高学歴の親ほど、学校教育のオンライン化を要望する一方、母親が正規労働者、父親が非正規労働者の場合には、学校教育の急なオンライン化を要望しないことも確認しました。そのような家庭では、子どもの在宅学習のサポートが困難であることが想像できます。

しかし、日本での学校閉鎖や教育のオンライン活用が、子どもの育ちに全体としてどの程度の影響を与えているか、まだわかっていません。

そもそも、学びのオンライン化は悪いことばかりではありません。塾や習い事などの学校外の学びのための資源が少ない地域でも、オンラインであればアクセスできます。また、YouTubeの普及により、どんな地方でも膨大な量のネイティブ英語に触れることができるようになりました。

学校で情報端末が子どもに行き渡ったのは最近のことで、現場でのオンライン活用は、実際には手探り状態です。教科書や教室の授業をそのままオンラインに移したのでは、教室での学びの劣化コピーにしかなりません。オンラインが悪いのではなく、その強みを活かす授業のあり方が未開拓なのです。

教育格差を広げずにオンライン教育の長所を最大限活用するにはどうすればよいか、ポストコロナ教育政策の最大の課題といえます。その問題意識の下、私たちは、令和3年度に採択された科学研究費プロジェクト「ポストコロナの教育格差研究:世界的課題の解明とオンラインでの調査・実験手法の革新」において、コロナ後の社会が克服すべき課題に取り組んでいます。

子どもを持つ世帯に対する政策は、過去にも、政権交代や選挙のたびに公約として利用されてきました。とくに2009年から2012年にかけての政権交代により、児童手当の額と支給基準は頻繁に変更されました。

慶應義塾大学経済学部附属経済研究所に設置した「こどもの機会均等研究センター」では、同研究所に設置されている「パネルデータ設計・解析センター」を通じて収集した「日本子どもパネル調査(JCPS)」等を用いて、手当額の変更による家計所得の変動が、どう子どもの教育費支出や学力に影響を与えているかを検証しました。分析の結果、家計所得の増減は教育費支出を増減させますが、それが直ちに子どもの学力に影響を与えているという証拠は見つかりませんでした(Naoi et al, 2021)。

最近も、児童手当は子育て支援政策の1つの焦点となっています。現在、政府内で議論されている政策は、従来とは異なりますが、過去の政策にどのような意味があったのか検証し、それらを踏まえて議論がなされることが必要だと、私たちは考えています。

以上の研究は、文部科学省や厚生労働省の統計データでは分析不可能であったため、内閣府や独自に収集したデータを用いて行っています。その理由は、子どものための政策が、2つの省に分かれていることでした。例えば、厚生労働省で収集されている21世紀出生児縦断調査は、目的が健康や福祉に限定され、教育や学校に関わる十分な情報が得られません。その結果、子どもの貧困や健康に関わる情報が教育政策に十分に活用されていませんでした。しかし、海外では豊富なデータに基づき、貧困と教育に同時に対応する政策が試みられています。一例は子どもが学校に通うという条件を付けて手当を給付する施策です。定期的な面会や健康診断の受診、登校・登園などを条件に給付すれば、子どもの状況の可視化と生活支援を両立できます。

今年4月1日に、こども家庭庁が設置されますが、この組織により、従来よりも広い視野と柔軟な発想、そしてより適切なデータにより、新たな政策が構想されることを、この分野に関わる研究者としても期待しています。

〈参考資料〉

Akabayashi, et al., 2023, Int. J. of Educational Development 96 102687.

Naoi, et al. 2021. J. Japanese and International Economies, 60. 101122.

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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