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【時の話題:鉄道開業150年】
牛島利明:鉄道の変化がもたらすもの──東急開業100年と相鉄東急直通運転

2022/12/15

  • 牛島 利明(うしじま としあき)

    慶應義塾大学商学部教授

山手線のターミナル駅を起点として私鉄が郊外に延びていく以前、およそ100年前の東京は現在よりもはるかに小さい都市であり、山手線の外側には田園地帯が広がっていた。都心部の人口稠密化や居住環境の悪化が進む中で、渋沢栄一らがハワードの田園都市構想にヒントを得て田園都市株式会社を設立したのが1918(大正7)年、同社が鉄道敷設と宅地開発を組み合わせた事業を展開するために鉄道部門を分離し、子会社として目黒蒲田電鉄を設立したのは1922年のことであった。

以後、大正中期から昭和初期にかけて、京急、西武、小田急、東武といった現在の私鉄、もしくはその前身となる企業が東京郊外の開発に乗り出していくことになる。ハワードは周囲を農地・緑地帯で囲われた職住近接の田園都市を構想していたが、東京の場合には都心に通勤する人々のベッドタウンとしての郊外住宅地を開発することで都市エリアが広がっていったのであった。

義塾の歴史もこのような郊外開発と無縁ではない。1934(昭和9)年の日吉キャンパス開学が目黒蒲田電鉄・東京横浜電鉄(現東急)による誘致をきっかけにしたものであることはよく知られている。学生や教職員の鉄道利用の促進、田園地帯を切り開いた住宅分譲地のイメージ向上のために大学キャンパスを誘致するという試みは、東急の府立高等(都立大学)、東京高等工業学校(東工大)や東京商科大、津田塾大を誘致した西武の事例のように、当時の私鉄経営に共通して採用された方法であった。

鉄道事業者が新路線の敷設や相互直通運転を計画する際には、移動や輸送の利便性向上と沿線地域の発展を唱え、また実際にそのような効果が実現されてきたことも事実である。ただし、歴史的な事例を観察すれば、鉄道網の発達は必ずしもその変化に関わるすべての地域の発展に等しく寄与したわけではない。交通ネットワークの変化は地域間競争の構造を変え、人口増加や産業の発展が生じる地域がある一方、他地域に人口や商圏を奪われる場合もあったのである。

東急開業100年を迎えた今年、来春に予定されている相鉄・東急新横浜線の詳細が発表された。東横線、目黒線との直通運転によって、相鉄沿線地域は都心への通勤通学の利便性が飛躍的に高まることになる。また、東急沿線住民にとっても新幹線アクセスが便利になることも期待されている。これにともなって、新横浜エリアは商業地、居住地としての存在感をいっそう高めていくことになるだろう。

しかし、たとえば日吉周辺の住民には「始発駅でなくなることで、座っての通勤が難しくなる」という否定的な受け止めが多いということもよく聞く話である。また、これまで元住吉・日吉・綱島地域で一人暮らしをしていた学生の下宿候補地は、新横浜を越えて相鉄線エリアまで広がっていくことになるだろう。日吉キャンパスの新入生や都心に通勤する社会人にとっては選択肢の増加や家賃の低下という恩恵があるかもしれないが、他方で東横線、目黒線沿線の賃貸経営の競争環境は厳しくなるかもしれない。沿線住民の生活や周辺に立地するビジネスは、必ずしもメリットのみを享受するわけではないのである。

鉄道網の変化は小さなことから大きなことまで多様な変化をもたらす。それがゆえに、変化の影響を受ける地域にとっては、自分たちの身の回りに起こる変化の兆候を見逃さず、どのように新しい機会を見出していくかが重要となるだろう。

筆者は日吉キャンパス近隣地域をフィールドとして活動する演習科目を担当しているが、学生と地域との関わりを考える場合、日吉や元住吉といった地域に下宿する学生が三田進学により2年で別の地域に引っ越すか、それとも4年間同じ場所に留まって生活するかによって、居住地域に対する興味関心や思い入れの程度が異なるという印象を持っている。目黒線開通以降、在学中に引っ越しをせず、入学から卒業まで日吉や元住吉に留まる学生が増えたように感じるが、上述の通り、相鉄・東急直通運転によってその範囲は広がっていくだろう。学生が増えることが予想される地域においては、学生を地域の一員として巻き込むことができるかどうか、学生がいつかまた戻ってきたいと思える場所であるかどうかが問われることになる。

義塾への影響という点では、湘南藤沢・日吉・三田キャンパスが一本の路線で結ばれること、また、これまで積極的な交流がなかった横浜国立大学の羽沢横浜国大駅と日吉駅が10分程度で結ばれることも思い浮かぶ。しかし、このような時間距離の短縮が直ちに好ましい変化をもたらすわけではない。未来につながる何かを生み出せるかどうかは、我々大学関係者の意識と行動次第ということになるだろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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