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【時の話題:鉄道開業150年】
和田俊憲:鉄道の150年と刑法的安全

2022/12/15

  • 和田 俊憲(わだ としのり)

    東京大学大学院法学政治学研究科教授・特選塾員

鉄道の安全を語るとき通常着目されるのは、重大な事故を防ぐための車両技術や運行システム等であろうが、ここでは刑法的安全に焦点をあてたい。

刑法的安全とは何か。それは、危険な行為に対して罰則が用意されることにより守られるもののことである。鉄道に危険を及ぼす行為が広く処罰対象とされ、あるいは、重く処罰されて法的に抑止されるとき、鉄道は「刑法的に安全」であると評価される。

この観点から我が国の鉄道を見ると、刑法的安全を段階的に増大させ続ける150年だったということができる。つまり、鉄道に危険を及ぼす行為の処罰は時代とともに重くなり、処罰範囲も拡張し続けているのである。

明治5年の鉄道開業時には、まだ近代的刑法典はなかったが、特別の法律として「鉄道犯罪罰例」が定められて危険行為への対応がなされた。もっとも、そこで処罰対象とされたのは伝染病患者が乗車する行為などであり、汽車の運行の安全を害する行為はまだ注目されていない。蒸気機関車が、火の粉を振り撒くイメージにより危険源として沿線住民から忌避されたために、最初の鉄道は海岸から少し離れた築堤の上に建設されたといわれる。そうだとすると鉄道は、そもそもそれ自体が危険な存在であって、「本来的に安全な鉄道」と「それを害する危険な犯罪行為」という対抗関係が現れるのは、鉄道が開業後に一定の社会的信頼を得てからだったのだろう。

明治13年に初めての近代的刑法典が制定された。そこには鉄道の往来の危険を生じさせる行為を処罰する規定がおかれた。汽車の往来にとって危険な障害を設けると重禁錮(現在でいうと5年以下の懲役)、それにより汽車を転覆させると無期徒刑(島地〔=北海道〕での無期懲役)、その結果さらに人を死亡させたら死刑とされた。レールの上に障害物を置く行為が5年の懲役で禁圧されるようになったのであるから、これによって鉄道の刑法的安全は格段に高まったのである。

その後、明治40年に現行の刑法典がつくられた。明治13年刑法の前記規定が基本的に引き継がれ、レール上に障害物を置くような行為は往来危険罪として処罰されるが、懲役の上限は15年に引き上げられた。それまでは懲役5年だったのであるから、格段に重罰化されて刑法的安全が一層高められたことになる。さらに平成16年には、ほかのいくつかの犯罪とともに、往来危険罪の上限は懲役20年に引き上げられて、現在に至っている。

さて、重い処罰ではなく広い処罰に目を転じると、そこでも刑法的安全は拡張傾向にある。

明治33年に制定され、いまでも生きている鉄道営業法は、列車に向かって「瓦石類」を投げる行為を罰している。レール上に障害物を置くような行為に匹敵する危険はないものの、石のように一定の重量があって固い物を投げると列車の運行を妨害するおそれはあるから、刑罰の対象にしているのである。これによって、前述の往来危険罪よりも広く、鉄道の刑法的安全が守られている。

この保護範囲を拡張させたのが、新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法(新幹線特例法)である。昭和39年の東海道新幹線の開業に合わせて立法された同法は、走行中の新幹線に向かって「物件」を投げる行為を処罰対象にした。つまり、走行中の新幹線については、投げるものを「瓦石類」に限定せず、より広く刑法的安全を確保したのである。同法は、新幹線の線路の中心線から3メートル以内の場所に物件を置く行為も罰しており、これも刑法的安全を拡張するものだといえよう。

新幹線特例法は、全国新幹線鉄道整備法が新幹線鉄道と規定するものに適用され、その具体的な区間は政令で定められている。今年9月に開業したいわゆる西九州新幹線は、この政令では「福岡市と長崎市とを連絡する新幹線鉄道のうち武雄市と長崎市とを連絡する区間」と表現され、開業日から新幹線特例法の対象になっている。

今後の展開で注目されるのは、刑法的安全がより一層求められそうなリニア中央新幹線の扱いである。第一に、物件を置くと処罰される場所的範囲は従来の新幹線よりも広くなるか。第二に、物件を投げると処罰される条件は従来の新幹線よりも緩くなるか。第三に、軌道上に障害物を置くなどして往来の危険を生じさせた場合に、刑法の往来危険罪の刑の下限下限・・は懲役2年なのであるが、これがそのまま適用されるのか、それよりも引き上げられるのか。リニア新幹線は磁力で浮いて進行するから、半分は飛行機のようなものである。そして現行法上、航空の危険を生じさせる行為は、航空危険行為処罰法により、2年ではなく3年以上の懲役で罰せられているのである。

次の150年、「飛翔」する鉄道に対して十分な刑法的安全が確保されることを期待したい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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